02c 千字文(抄)
 
切磨箴規 セツマシンキ  いましめを きりみがく
     切るが如く磨くが如く、文藝を研ぎはげみ、互ひに言行を戒めたゞして其過
     失を救ふべきこと。
 
仁慈隱惻 ジンジインソク  いつくしみ いたむこころは
     仁慈は、いつくしみ、なさけふかきなり。隱惻とは、人の難儀を見ていたむ
     心あり。同情あつし。
 
造次弗離 ザウジフツリ  ざうじ はなれず
     造次は、しばらくの間といふことにて、寸時も仁慈隱惻の、四の者に離るべ
     からざるを云ふ。
 
節義廉退 セツギレンタイ  せつぎれんたいは
     節儀とは、其志の正しきことにて、義理を重んずること。廉退とは嚴直にて
     謙退の行ひあるなり。
 
顛沛匪虧 テンパイヒキ  てんぱいにも かけず
     顛沛とは、物の顛タオるゝ間、すこしの間なり。其の間にても、節義廉退の志
     を虧くべからず。
 
性靜情逸 セイセイジャウイツ  こゝろねしづかなれば じゃうやすく
     人の性質おちつきて靜かなるは、その情もおのづから、のびちかにして安か
     るべきなり。
 
心動神疲 シンドウシンヒ  こゝろうごけば しんつかる
     心定まらず、動きやすきは、其行ひも亦輕躁にてそれにしたがひ、精神も疲
     労するをいふ。
 
守眞志滿 シュシンシマン  まもれば まことのこゝろざしみち
     人道の眞を明らめ、人道の極意を守らんには、その志も円滿にして足らざる
     はなし。
 
逐物意移 チクブツイイ  ものをおへば こゝろばせうつる
     事物の變遷を見て、それに惑ふて動くものは意志も常に變移して定まらず、
     到底支持する所なし。
 
堅持雅操 ケンヂガサウ  かたく ただしきみさほをたもてば
     堅く正しき操を保ちまもり、此の美徳を離さゞるときは、自然世に知られ、
     人に尊敬せらるゝ故。
 
好爵自縻 カウシャクジビ  よきくらゐ おのづからまとはる
     好爵とて、よき官爵その他、欲し求むるところのもの、それらの自ら至りて
     其身にまとはる。
 
右通廣内 イウツウクワウダイ  みぎは くわうだいにかよひ
     宮殿の廣大にして、建て列なれるを、右に行けば廣内といふ宮殿に通ず。お
     ごそかにして清し。
 
左達承明 サタツショウメイ  ひだりは しょうめいにいたる
     左に行きて進めば、承明殿に達することを得。此の二句は殿内の廣大なる一
     斑を示せるなり。
 
既集墳典 キシフフンテン  すでにして ふんてんをあつめ
     墳典とは、三墳五典とて、古代の書籍の名なり。此の書籍を數多く、既に集
     められたるなり。
 
亦聚群英 エキシュウグンエイ  また ぐんえいをあつむ
     それのみならずまた、群英とて古今東西の世にすぐれたるものをも、一堂の
     内にあつめたり。
 
孟軻敦素 マウカトンソ  まうかは あつくしてすなほに
     孟軻は世に名高き賢人の孟子にして、敦素とは其の性質厚くして、すなほな
     る人にてありしなり。
 
史魚秉直 シギョヘイチョク  しぎょは まことになほし
     史魚は史官の名は魚といふ人にて衛の國の大夫なり。此の人は秉直とて少し
     も曲らぬ直き人なり。
 
庶幾中庸 ショキチュウヨウ  ちゅうようを こひねがひ
     中とはかたよらぬこと。庸とは常にしてかはらぬこと。此の中庸をこひねが
     ひ望みて之れを得。
 
勞謙謹勅 ラウケンキンチョク  つとめてゆずり つゝしみつゝしむ
     勞謙とは専ら人にへりくだりゆづり、謹勅とは、其の言行を正しくつゝしみ
     て方正實直なるなり。
 
聆音察理 ケンオンサツリ  おんをきいて りをさっし
     人の音聲を聞きて其の理を察し知れよとの義にて、わづかのことにも注意を
     怠らぬをいふ。
 
鑑貌辨色 カンホウベンショク  かたちをかんがみて いろをわきまふ
     又、其の容貌を見て、喜怒哀樂の情を辨別せよとの義にて、これ亦何事にも
     注意せよとの意なり。
 
貽厥嘉猷 イケツカイウ  その かいうをのこし
     嘉猷とは、よきはかりごとにて、人道を守りてよく一家を經營する計畫を子
     孫にのこし。
 
勉其祗植 ベンギキショク  その きしょくをつとめよ
     祗はつゝしむなり。植は立つるなり。其の身に忠孝の道を守りて、勉めて身
     を立て家を興せとの敕イマシメ。
 
省躬譏誡 セイキウキカイ  みを きかいにかへりみて
     みづから常にかへりみて、過失なきやと心がけ、事々物々に注意して愼しみ
     戒しむべきをいふ。
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