87 菅家文草〈下山言志〉
 
                参考:太宰府天満宮文化研究所発行「菅家の文華」
 
〈下山言志〉   −  山を下り志を言ふ
雖有故山不定家     故山有りと雖ども家を定めず
褐衣過境立晴砂     褐衣カツイ、境を過ぎて晴砂セイシャに立つ
一生情竇無機累     一生情竇ジョウトク、機累キルイ無し
惟只春来四面花     惟只タダ春来って、四面の花
 
住み馴れし山はあれど、定まれる住居はあらず、
褐衣アラヌノの隠士、山を下りて晴砂に立たり。
一生礼に拘わらず、係累もなし。
ただ春ともなれば、四方に花咲くのみ。
 
 
〈閑適〉     −  閑適カンテキ
曽向簪纓行路難     曽向ムカシ、簪纓サンエイ行路難し。
如今杖策処身安     如今ジョコン、杖策ツきて身を処オくとこ安し
風松颯々閑無事     風松フウショウ颯々サツサツ、閑にして無事
請見虚舟浪不干     請ふ見よ、虚舟浪も干オカさざるを
 
かっては高き位にありて、世の浪荒かりき。
今は世を隠れて、見も安し。
風の松に鳴るを聴きつつ心は静か。
岸辺に繋がる虚ムナしき舟は浪のまにまに。
 
 「虚舟浪も干さざるを」とは、官位をかなぐり捨てて一介の野人になれば、世に荒スサ
ぶ風も何であろう、悠々自適の境涯になりたいとの願いなのである。
 
 
〈早春侍内宴、同賦香風詩、応製〉 − 早春内宴に侍して、同じく香風詩を賦し、製に
            応えたてまつる。
香風半是殿中香     香風半ばは是れ殿中の香り
吹自綺羅及四方     綺羅キラより吹きて、四方に及ぶ
草樹魚虫寒気解     草樹魚虫、寒気解く
如何七八鬢辺霜     如何にせん、七八鬢辺ビンペンの霜
 
漂い来る芳しき香り、こは梅花の香りのみにはあらで、
舞姫の着飾られる綺羅の香りぞ。
生きとし生けるもの − 草も樹も魚も虫も生気甦るに、
我は齢ヨワイ七八、鬢辺の霜を如何にせん。
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