80 菅家文草〈読家書有所歎〉
 
                参考:太宰府天満宮文化研究所発行「菅家の文華」
 
〈読家書有所歎〉 −  家書を読みて歎ずる所有り
一封書到自京都     一封の書、京都より到る
借紙公私読向隅     借紙シャクシの公私コウシ、読みて隅に向ふ
児病先悲為遠吏     児病みて先づ悲しむ、遠吏たるを
論危更喜不通儒     論危うして更に喜ぶ、通儒ならざるを
豈憂伏臘貧家産     豈アニ伏臘フクロウ、貧しき家産を憂へんや
唯畏風波嶮世途     唯風波の嶮しき世途セイトを畏るるのみ
客舎閑談王道事     客舎閑談す、王道の事
応羞山近似樵夫     山近うして樵夫に似たるを羞ハづべし
 
一封の書が京都から届いた。
認シタタめあるは公のこと私のこと、人に見られまいと隅に向いて読む。
家では子供が病気とのこと、この身が遠吏であるのを悲しく思う。
都では阿衡アコウの問題で議論が沸騰しているとのこと、学者として京に居なかったことを
仕合わせに思う。
暑さ寒さにつけ、生活クラシが楽でないとの家族の愚痴は気に掛けまい。
ただ阿衡の件で、社会の波風の険悪さにはぞっとする。
此処では王道政治を論じて太平楽を並べている。
山里が近いせいか、羞ずかしいが樵夫みたいに中央政界に無関心で居れる。
 
 「借紙」とは「宿紙」のことで、「宿紙」は漉き返しの粗悪な紙で、家計の苦しさが
よく表れている、と解されている。
 「伏臘」とは、夏の「三伏」の候と「臘月(十二月)」のこと。
 
 
〈言子〉     −  子を言ふ
男愚女醜稟天姿     男は愚、女は醜なるは天に稟ウくる姿
依礼冠笄共失時     礼に依る冠笄カンケイ、共に時を失ふ
寒樹花開紅艶少     寒樹カンジュ花開き、紅艶コウエン少マレなり
暗渓鳥乳羽毛遅     暗渓アンケイ鳥トリ乳ジュして、羽毛遅し
家無担石応由我     家に担石タンセキなく、我に由ヨるべし
業有文章欲附誰     業に文章あり、誰に附せんと欲する
此事雖同窮老歎     此の事、窮老キュウロウの歎きに同じと雖ども
適言其子客情悲     適タマタマ其の子を言へば客情悲しむ
 
息子は頭が悪く、娘は不器量、生まれ付きとて仕方もないが、
それに父が県アガタ暮らしとて、元服式も着裳の儀も時期を失してしまった。
冬木の花は紅の艶も薄い − 娘はそんな魅力の乏しい花みたいだ。
谷間の雛は羽の生えるのが遅い − 息子はそんな晩生オクテだ。
一掴みの貯えもない我が家では、私の稼ぎだけを宛にしている。
家業の文章道も、どの子を跡継ぎにしたら良いだろう。
こんな愚痴は老の迫った者の繰り言みたいだが、
子供のことを口にすると、旅の身が恨めしくなる。
 
 「担石」とは、一担カツぎの米であろう。「石」は米の単位斛コクに同じい(石コク)。
 
 
〈元日戯諸小郎〉  −  元日諸小郎に戯る
珍重行年五九春     珍重す、行年コウネン五九ゴクの春
可憐児輩二三人     憐れぶべし、児輩ジハイ二三人
不須多勧屠蘇酒     多く屠蘇の酒を勧むるを須モチひず
其奈家君白髪新     其れ、家君が白髪の新なるを奈イカンせん
 
有り難や、私の四十五才のお正月。
ここまでも付いて来た、可愛い子供よ。
そうお屠蘇を勧めたって無駄だよ。
お父さんの白髪は白散酒位で防げそうにないからね。
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