03f 明治天皇御百首
 
 「手習」
 幼子がならへばならふほどみえて きよくなりゆく水くきのあと
 
 大意:小さい子供が文字の手習をすれば、習ふ程効蹟が見えて、清く美しくなりゆく
筆の跡よ、これにつけても手習はすべきものぞ、との御意と拝す。
 
 「夕」
 つかさ人まかでし後の夕まぐれ こころしづかに書をみるかな
 
 大意:昼はいろいろと国務に忙しく、暇といふ暇はないが、役人共が退出せし後の夕
暮は、心も落ち着けて、静かに読書するのであるとの御意。
 
 「見花」
 司人ささぐるふみは多かれど 花見るほどのひまはありけり
 
 大意:毎日万機国務につきて内閣や枢府の人々(つかさ人)から差出す文書類は多く
あれども(多かれど)それを一々親裁する忙しさの間に、花を見るほどの暇はあるもの
であるよ、との御意。
 
 「夢見故人」
 したはしと思ふ心やかよひけむ むかしの人ぞ夢に見えける
 
 大意:日頃から慕はしいと思ふて居る心が通ったのであろう、今宵うれしくも昔の人
が夢に見えたわよ。
 
 「賎」
 おのが身を修むる道は学ばなむ しづがなりはひいとまなくとも
 
 大意:軽い身分のもの共は其の生業に追はれて少しの暇はなからうが、暇は無くとも
自分の身を修める道は、怠らぬ様に学びたいものではあるよ。
 
 「友」
 あやまちをいさめかはして親しむが まことの友のこころなりけり
 
 大意:過失あれば互に諌め合って、親しんで行くが、真実の友の心である。
 
 「夏夕」
 庭草に水そそがせて月をまつ 夏のゆふべは思ふことなし
 
 大意:庭の草に水をやって、晴れ渡る空に上る月を待って居る、さうした夏の夕の楽
 さ、唯だ好い心地で何の思ふこともない。
 
 「心」
 敷島の大和心のををしさは 事ある時ぞあらはれにける
 
 大意:わが日本国民の大和魂は、男々しいものであるが、平生はあらはれなくも、一
朝事のある時に、始めて外にあらはれるものではあるよ。
 
 「思往事」
 たらちねのみおやの御代につかへたる 人もおほかたなくなりにけり
 
 大意:父帝の御代より仕へたる臣下のものどもも大方亡くなってしまった、それにつ
けても父帝在せし往昔の事がなつかしくも思はれることよ。
 
 「祝言」
 受けつぎし国の柱の動きなく 栄えゆくよをなほいのるかな
 
 大意:天照皇大神より皇統連綿と受け継いで来りたまひし大日本国の基(国の柱)の
動くことなく万々歳まで栄えゆくは勿論ながら、なほ此上にも栄えを神明に祈ることで
あるよ、との御意と拝誦す。
 
 「夏山水」
 年々トシドシにおもひやれども山水ヤマミヅを くみてあそばむ夏なかりけり
 
 大意:年々夏が来る度に、涼しい山の清い水を汲んで心のどかに遊ばうかと、彼の山
此の水を思ひやるが、さて遊ぶ暇もなく、毎年夏の遊びをすることがないのであるよ。
[次へ進んで下さい]