03g 明治天皇御百首
 
 「寄道述懐」
 ふむ人はあまたあれども言の葉の 道の高嶺はたれかこゆらむ
 
 大意:言の葉(歌道)に志して其の道に踏み行く人は多くあれども、さてその高嶺を
越え、其の奧を窮むることは誰が能くするであらうかの御意。
 
 ○
 わけばやと思ひ入りぬる道にこそ 高きしをりも見えそめにけれ
 
 大意:是ならば進んで往かうと思こ込み決心した道であってこそ、初めて高い光明、
しるし(しをり)も見えるやうにならう、自分のこれはと決心して修業したことが一番
に奥義をも得られるのである、の御意と拝誦す。
 
 ○
 おのがじしつとめををへし後にこそ 花のかげには立つべかりけれ
 
 大意:各自のつとむるその日の職務を終へての後に、花の木蔭に立って遊ぶがよいで
はないか、働いた後に休息して花見をするが好い、との御意。
 
 ○
 若竹の生ひゆく末を思ふ世に 庭の訓ヲシヘをおろそかにすな
 
 大意:庭に生ふる若竹の生長してゆくその末のことを思ふ時は(世に)人のことゝて
も、家庭の教育をおろそかにしてはならぬぞ、との御意。
 
 ○
 とりどりに勇む若駒何れをか わがうまやにはひかむとすらむ
 
 大意:思ひ思ひ(とりどり)に若駒は勇み立って居るが、その中で、何の駒を、朕が
乗料ノリリョウとして厩に引かうとするのであらうか。
 
 ○
 あつしともいはれざりけりにえかへる 水田に立てる賎をおもへば
 
 大意:あゝ夏の暑い事であるわいとも言はれないことである、あの煮えかへるやうな
水田に、一生懸命に汗を流して働いて居る賎の百姓等の労苦を思へば、暑いとはいへた
義理ではないよ、との御意と拝誦す。
 
 ○
 いかならむことにあひてもたゆまぬは わがしきしまの大和魂
 
 大意:如何なる大事に会ふても、屈せぬは我が敷島の大和魂である、君の為め国のた
め、如何ならむ事も恐れざるは外国人の夢だに知らざる大和魂なり、此の大和魂は幾千
万年の後までも、この日本国民の血に流るゝものであるとの御意をあらはされたものと
拝して差支なしと信じ奉る。
 
 ○
 ちはやぶる神の心にかなふらむ 我国民のつくすまことは
 
 大意:神の御心に合ふことであらう、我国の民が皆一致して尽す誠の事は、必ず神の
御心に通ずるであらう、との御意。
 
 ○
 上つ世の御世のおきてをたがへじと 思ふぞおのがねがひなりける
 
 大意:皇祖皇宗の御代に定めたまひたる、御遺訓(おきて)を違はぬようにと心がけ
て居るのが、朕の希望であるぞ、との御意と拝す。
 
 ○
 思ふことおもふがままになれりとも 身をつつしまんことを忘るな
 
 大意:我が意の往く処一として聞かれざるなく、一として為されざるなく、思ふ事が
その思ひのまゝになるとても、思ひの遂げられるのに心を奪はれて、身の行ひを慎むこ
とを忘れてはならぬぞ、の御意。
 
 ○
 たらちねのおやの心はたもみな 年ふるまゝにおもひしるらむ
 
 大意:親の愛情といふものは、誰も皆子供の時は分明らぬでも、次第に年をとるまゝ
にそれがよく思ひ知られるであらうよ、との御意。
 
 ○
 いつくしとめでのあまりに撫子の 庭のをしへをおろそかにすな
 
 大意:可愛いと愛する余りに愛児(撫子)を大切になしすぎて、大事なる家庭の教訓
をなさずにおろそかにしてはならぬ、の御意。
 
 ○
 かぎりなき世に残さむと国の為 たふれし人の名をぞとどむる
 
 大意:限りもなき末の世迄も、国に尽くせし芳しい名を残さうと国事に殉じた勇士の
名を書き止めて置く、との御意。
 
 ○
 国のためいよいよつくせちよろづの 民の心を一つにはして
 
 大意:国の為めに専心一意、千万の国民こころを一致して力を尽せよ。
 
 ○
 目の見えぬ神に向ひて耻ざるは 人のこころのまことなりけり
 
 大意:目に見えぬ処の神に向って、俯仰天地に耻ざるは、実に人の心の真実なる誠の
心であるよ、の御意。

[バック]