03e 明治天皇御百首
「親」
たらちねのみおやのをしへ新玉の 年ふるままに身にぞしみける
大意:年々に新玉の新しき年を迎へゆくまゝに、身に染みわたるは、我が身を斯くま
でに育てあげた親の有り難い教へである、子を持ちて親の恩を知る、長じてこそ親の恩
が次第に有り難く覚ゆるのであるぞ、との御意と拝す。
○
たらちねの親の心をなぐさめよ 国につとむるいとまある日は
大意:誰も彼も国家の為に職務が多忙であらうが、その多忙の国務の余暇には親の心
をなぐさめてよく孝行をなせよ。
○
ひとりたつ身となりし子ををさなしと おもふやおやのこころなるらむ
大意:もはや親の保護を受けず、他人の助力もからず、立派に独立して、何事もなし
得るやうになった子をも、なほ何時までも幼いものゝやうに思ふのは、子を想ふ親の心
であらう。
「行」
やすくしてなし得がたきは世の中の ひとの人たるおこなひにして
大意:易くしてさて難かしいものは、世間に立つ人の人たる価値の行ひにてある。
「机」
よりそはん暇はなくとも文机の 上には塵をすゑずもあらなん
大意:人々は己が家業の為に常に奔走して、常に忙しく、机に寄り添ふて勉学する暇
はないかも知れないが、よしや左様であっても、机の上には塵を溜て置かぬ心がけはあ
ってほしいものである。
「水」
うつはには従ひながら岩ほをも とほすは水の力なりけり
大意:水は方円の器に従ふ、四角なる器物に入れば水自ら四角、円き盥に入るれば水
自ら円し、器次第にて如何でもなるが、それでありながら、いざとなれば、時には急流
激して岩を貫き、家の如き大磐石を転ばし、雨垂石を穿つといふ事もある、実に水の力
はえらいものである、の御意。
「子」おもふことおもふがまゝにいひ出づる をさな心やまことなるらむ
大意:天真爛漫として、思ふことを思ふが侭に言ひ得る幼き子供の心が、人間の誠の
心であらう、誰れに心を置くこともなく、赤裸々として、歯に衣着せず言葉に其侭自分
の思ふことを言ふは、即ち誠の心ではあるまいか、との御意と拝す。
○
たらちねのおやのをしへを守る子は 学びのみちもまどはざるらむ
大意:家に在って親の教へを守る子は、学校に行きて勉強をし、師に就き学問をする
場合にも、決して其の道に怠り惑ふやうなこともなく、正しき学問をなし遂ぐる事であ
らう。
「民」
千万の民よ心を合せつつ 国にちからをつくせとぞおもふ
大意:六千万の我が日本帝国の臣民よ、皆々心を一致させて、国に力を尽して呉れと
思ふよ。
「寄道述懐」
言の葉のまことの道を月花の もてあそびとは思はざらなむ
大意:和歌は心の誠を表す、この和歌の道を春の花秋の月を歌ふ娯楽ものとは思ふま
いぞよ。
「馬」
久しくもわが飼ふ駒の老いゆくを 惜しむは人にかはらざりけり
大意:年久しくわが飼うて居る駒の次第に老いて行くを惜しむ心地は、恰も自分の忠
良の臣が老い行くを惜しいと思ふのと少しも異りはないよ、との御意。
○
世と共にかたりつたへよ国のため いのちをすてし人のいさをは
大意:国家の為めに奮闘力戦して、生命を戦場に捨てし人の功績は、子々孫々世の移
るに従って、忘れない様に伝へ、歴史に其名を留めるやうにせよ。
○
如何ならむくすりすすめて国の為 いたでおひたる身を救ふらむ
大意:国の為めに戦場に出で、痛手負ひたる将卒の身を如何なる薬をすゝめて救ふて
やるであらうか、赤十字隊もあることゆゑ、行届くではあらうが、心配のことではある、
との御意と拝す。
「靖国神社御参拝の折」
神垣に涙手向けてをがむらし 帰るをまちし親も妻子も
大意:靖国神社の神垣に涙を手向けて拝んで居ることであらう、嗚呼それは戦場から
帰るを待って居た将卒の親や妻や子等である、国のために戦死のなき骸となって神社に
祀られた人々の親や妻や子等ではある、その心の察せらるゝことよ。
「庭訓」
たらちねの庭のをしへはせばけれど 広き世にたつもとゐとはなれ
大意:父母の教育を受くる家庭は、狭いけれども、その狭い処で教訓されたことが、
やがて広い世間に立つ土台とはなるのであるから、家庭の教訓は大切のものである。
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