03d 明治天皇御百首
「田家翁」
子等はみな戦争のにはに出ではてて 翁やひとり山田守るらむ
大意:戦争の折柄国民の子弟はいづれも戦場に出てしまって家に残る男子といふは、
老翁ばかりであるだらうに、その老翁が一人、農業をつとむるために山の田を見まはっ
たりして家の留守居をして居るであらう、あゝ気の毒なことであるよ、との御意。
「心」
ともすればかき濁りけり山水の 澄せばすます人の心を
大意:澄んだまゝ静かにして置けば、清らかな山水のやうな人の心を、やゝともする
と(ともすれば)手をつけてかき濁し善いのを悪くしてしまふ、濁すものさへなければ、
人の心は元来山の清水の如く澄んで居るものであるのに。
「筆」
国のため揮ひし筆のいのち毛の あとこそ残れよろづ代までに
大意:国家のために書いた(ふるひし)筆のいのち毛の跡即ち文字文章は、万々代ま
でにも残って居る、その人は無くなっても、其筆にて事蹟が残るのは実にえらい力では
あるよ。
「夏氷」
夏知らぬ氷水をばいくさ人 つどへる庭にわかちてしがな
大意:夏の暑いといふことを知らないほど寒く思はれる氷水をば、一滴の水だにない
戦場の軍人の集まって居る処に分けて遣りたいものではあるよ。
「寄草述懐」
むらぎもの心をたねのをしへぐさ おひしげらせよやまとしまねに
大意:心の種として調べ上げた誠の道の教へ草となる和歌を、大和島根なる日本の国
中に、生ひ茂らせよ、普及せしめよ。
「賎家」
賎シヅがすむわらやのさまを見てぞ思ふ 雨風あらきときはいかにと
大意:貧しき賎しい民の住んで居る、小さな藁屋の家の粗末な有様を見るに付て思ふ
には、この雨や風の烈しく吹く際には如何して暮らして居るだらうか。
「忠」
うつせみの世はやすらかにをさまりぬ われをたすくるおみの力に
大意:世の中はいと安らかに治まって、天下泰平である、これは実に我が一人の力で
はない、皆下、臣民(をみ)が忠良に働き務めてくれる力である。
「述懐」
末つひにならざらめやは国のため 民の為にとわがおもふこと
大意:斯くしたら国は富むであらう、斯くしたら国は強くなるであらうと、日夜人民
の為に心を砕いて、安かれとわがおもふ事は、どうして遂に成就せずに居やうか必ず成
就するであろう、成就するに相違ない、との御意。
○
ものまなぶ道にたつ子よ怠りに まされるあだはなしと知らなん
大意:人の道を学ぶ子等よ何事でも怠るといふことは、自分の身の敵である、自分の
身を殺す仇敵である、此敵に勝つやうに勉めなくてはならぬ、怠情に勝る敵はないと知
ってくれよ。
○
我心およばぬ国のはてまでも よるひる神は守りますらむ
大意:我が国家を思ひ国民を思ふわが心の、至らぬ処はないかと日夜心をかけて居る
が、仮令至らぬ国があるにしても、そのわが心の及ばぬ国の果までも、国家を守護する
神は必ず守って下さるであらう。
「軍艦の凱旋を」
湊江ミナトエに万代よばふ声すなり いさをを積みし船や入りくる
大意:港の方に方って、万歳歓呼の声が聞ゆる、戦の勲功を積みし軍艦が雄姿堂々と
して入港して来るのであろう。
○
山をぬく人の力もしきしまの やまとごころぞもとゐなるべき
大意:山を抜くといふ程の勇猛な力は何処から来るかといへば、それも敷島の大和魂
が基礎であらう、の御意。
「芦間舟」
とるさをの心ながくぞこぎよせん あしまのをふねさはりありとも
大意:芦繁く茂り合ふ間を漕ぎ行く舟は其の芦に妨げられて、なかなかに漕ぎがたい
ものである、その様に人の世も、志た目的を達するのはむづかしいが、棹の長いやうに
気を長くおちつけて、急がず迫らず、目的を達しやうよ、の御意。
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