03c 明治天皇御百首
「宝」
つたへきて国の宝となりにけり ひじりのみよのみことのりふみ
大意:聖の御代即ち皇祖皇宗の歴代の天子の御教訓は天地と共に今に伝はって来て、
斯くの如く朕が為唯一の宝となって居るとの御意と拝誦す。
「寄道述懐」
白雲のよそにもとむな世の人の まことの道ぞしきしまの道
大意:己れの道とすべきものは決して遠き道にあらず、現に世人の踏み行く誠の道に
あり、然るに殊更に人生の他にでもあるかの如くに、遠き処を求めんとするは、愚なる
事である、決して他に求むるまでもなく敷島の道がそれである、との御意。
「夏述懐」
まつりごと出でてきくまはかくばかり 暑き日なりとおもはざりしを
大意:日々表御所なる政庁に出でゝ万機を覧る間は、斯ほどに暑い日といふことも心
付かなかったが、平素の座所に帰って見ると、心の弛むと共に常ならぬ暑さが堪えがた
く感ずるよ。
「夜述懐」
夏の夜もねざめがちにぞあかしける 世のためおもふこと多くして
大意:短い夏の夜は殊に安眠したいが、国の為め、世の為めあれこれと思ひ廻らすこ
との多いので、安らかに寝通すことが出来ないで、覚めがちに、夜を明かしてしまふよ、
との御意。
○
世の中はたかきいやしきほどほどに 身をつくすこそつとめなりけり
大意:世の中に生まれ来たる時は、貴賎上下の差別はさまざまに分かれて居るであら
うが、それが世に処するには其れぞれ身分に相応して(ほどほどに)、自分の誠心の限
りを尽すのが務めである。
○
国をおもふ道に二つはなかりれり いくさのにはにたつもたたぬも
大意:銃を取り剣を手にして、国の為め、戦場に向ふもあらう、また家に留まって、
国の富其他公務に勉めて居るものもあらう、花々しく戦に出て、国に尽すのは実に立派
で、其れに比べて国で平常の様に仕事をして居るのは不忠の様に見えるが決して左様で
はない、戦場に立つも家に居るのも国を思ふ道に二つはないぞ。
○
ひらけゆく道に出でても心せよ つまづくことのある世なりけり
大意:平々坦々として砥の如き路に出でゝも注意せよ、石に躓く事もある世の中であ
るぞ、人生の行路は幾ら文明の世と開けてゆくも、便利、自由に慣れて、迂闊すると失
敗のあるものである。
○
いそのかみ古きためしをたづねつつ 新しき世のことも定めむ
大意:新奇を好みたがるは免るべからざる人情であるが、万事、古き歴史を持って居
るから、其本を忘れてはならない、かるが故に今後新しい世の中に必要な事を制定める
にも故事来歴よく古来の習慣を尋ねて、徐に新しい事物を定めるやうにせむ。
○
うつせみの世のためすすむ軍には 神も力をそへざらめやは
大意:朕が一身のためでなく、世界の平和の為、国民幸福の為に、大義名分に従って
進める軍には、神明も受けたまひて、その力を添へないで居られやうか、必ず力を添へ
てくれるに相違ない。
○
国民コクタミの一つこころにつかふるも みおやの神のみめぐみにして
大意:我日の本の臣民が、一つ心になりて、この日本国の為めに、力を尽くし、朕に
忠実に心を入れて尽くすのも、皆これ皇祖皇宗の御恵みにてある、朕が徳ではないぞよ、
との御意を含ませらる。
○
家富みて飽かぬこと無き身なりとも 人のつとめを怠るなゆめ
大意:家が富み何不足なき身分なりとて、人並に働くべき職務を怠ってはならぬぞ。
○
おもふこと貫ぬかむよをまつほどの 月日は長きものにぞありける
大意:我が平生志して居る事を貫き徹す時を待つ間の月日は、随分永いものであるよ。
「鏡」
榊葉にかけし鏡をかがみにて 人もこころを磨けとぞ思ふ
大意:神前にある榊葉にとりつけた鏡を、自分の鑑(手本)にして人々もその心を磨
き修めよと思ふぞ、の御意。
「剣」
ますらをがつねにきたへし剣もて 向ふしこぐさなぎつくすらむ
大意:戦場に出で向ふ軍人が平常から鍛へ置きたる剣を手に握り持ちて、我が日の本
に刃向ふ外国の醜草シコグサ(敵)を薙ぎ尽すであらうよ。
○
国民の力のかぎり尽すこそ 我が日の本のかためなりけれ
大意:我国民の力のある限り、軍人は武を練り兵を鍛へ、文人は国を修め智識を拡め、
科学の力を応用して国富を増進し、農人は五穀を作り、民を飢しめず、婦人は良人に家
の後顧なからしめん事を志し、商人は商人、各々本分を尽して居るが即ちこの我日の本
の、千古万古安全の堅となるのである、日本人民は全力を挙げて自己の本分を尽し、国
家を安全にするがよい、其れが行く行く後々までの日本の堅固となるのであるぞ、との
御意と拝す。
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