03b 明治天皇御百首
「述懐」
山の奥しまの果てまでたづねみむ 世に知られざる人もありやと
大意:自分の治めて居る広いわが国には器量があり才能ある人が、其器量才能を現す
機会もなく、徒に埋れて居て、世に用ひられずに在らば、口惜しき事であるゆゑに、さ
ういふ人をば、如何なる山の奥までも、又は如何なる島の果てまでも尋ね求めようよ、
の御意。
「瀬」
さざれさへゆくここちして山川の 浅瀬の水の早くもあるかな
大意:水底の砂や小石まで、さらさらと流れて行く心地にてあるほど、山川の、浅き
瀬を流れる水の早い事であるよ、の御意。
「蝸牛」
ささやかに見ゆる家居もかたつふり ひとりすむにはことたりぬべし
大意:何処へ行くにも背に家を負ふて居る処の蝸牛の家は、ちひさく思はるゝもので
あるが、然しながら其身一つを容るゝことさへ出来れば善いのであるから、小さいので
も充分であろう。
「草」
いぶせしと思ふ中にもえらびなば くすりとならむ草もこそあれ
大意:むさくるしく心快くないと思はれる雑草の生茂る其の中にも、善く注意して選り
分けたならば必ず薬となるよい草が無いことはない、必定あらうよ。
「学校」
いまはとて学びの道に怠るな ゆるしのふみを得たるわらべは
大意:今はこれで充分であると卒業証書(ゆるしのふみ)を得て、安心をし、心を許
してはならぬぞ、小成に安んじて学問の道を怠ってはならぬぞ、ますます道を学べ、子
供等よ、の御意。
「読書」
今の世に思ひくらべていそのかみ ふりにしふみを読むぞたのしき
大意:今の世の治まりたるに古を思ひ比べて、古い書を読めば、盛衰興亡の跡や人情
の変遷が知られて、誠にたのしき事である。
「詞」
言の葉の花の色こそかはりけれ 同じ心のたねと聞けども
大意:和歌は人々の心が種となって詠まれるものであるが、誰の心とて其の誠に相違
はない、と聞くけれど、それが歌となって言葉の花に咲いたのを見ると、さて夫々様々
に変った色に出て居ることよ。
「家」
ことそぎし昔の家のつくりさま 今も田舎にのこりけるかな
大意:手を省いた(こと削ぎし)質素の造り方であった昔の家が、今の大厦高楼の家
の華美を競ふ世にも、田舎の方にはまだ残って居ることであるよ。
「島」
うしろにはいつなりにけむ漕ぐ舟の ゆくへはるかにみえし島山
大意:船に乗って行く前途に遠く遠く見えて居た島は、もう何時の間に後背になった
のであらうか、我が乗る船は何時其処を漕ぎ抜けたのであらう、思へば船脚は早いもの、
島といふものは、おもしろい景色を見せるものである、の御意。
「夏夢」
ぬばたまの夢にふたたびむすびけり 涼しかりつる松のした水
大意:夏の暑い日に暫く休んだ松の木蔭に、湧き出でゝ居た清冽の水の涼し味が忘れ
られず、その夜の夢にも再び松の下の水を掬すんだのを見たよ、の御意。
「故郷草花」
そのもりやひとり見るらむ昔わが あつめし庭の秋草の花
大意:昔我が取り集めて植ゑつけ置いた故里の庭の秋草の花を、今は園守だけが唯だ
独り眺めて居るであらうよ、の御意。
「寄国祝」
くにたみは一つ心に守りけり とほつみおやの神のをしへを
大意:上カミは皇室下は賎が伏屋の民に至るまで、みな其の心を一に協せて皇祖皇宗の
御遺訓を守り、国家の為めに力を尽すこと天晴の事満足に思ふよ、との御意と拝す。
「行」
世の中の人のつかさとなる人の 身の行ひよただしからなむ
大意:世の中の人の上に立つ頭と仰がるゝ人は、身の行為が殊に正しくありたいもの
ぞ。
「披書思昔」
しばらくはをさな心にかへりけり よみならひにし書をひらきて
大意:幼き折に読み習ひたる書物ら披いて再び読んで見れば、今更に昔読んだ懐しさ
が思ひ出されて、暫くの間は幼な心に立ち帰るよ、の御意。
「時計」
時はかるうつはの針のともすれば くるひやすきは人の世の中
大意:毎日毎日正確に時刻を打って行く時計でさへ、如何かすると(ともすれば)狂
ふことのあるを思へば、実に世の中の事は用心せぬとくるひ易いものである、との御意。
「植物苑」
わがそのにしげりあひけり外国トツクニの くさ木のなへもおほしたつれば
大意:我が国と気候風土の異なれる、外国の草木の苗も、其の栽培の法を得て、生育
てさへすれば、我が国の苑にも繁茂するものであるよ。
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