53 玉鉾百首

〈玉鉾百首〉その三
 
△阿麻理歌アマリウタ
 あまり歌とは、百首に余れる歌にて三十二首あり、上の百首を長歌に詠みつゞくれば、
 この阿麻理歌を反歌とも云ひてましや。
 
かつがつも百ちの歌に憤イキドオる 心の緒オろをのばへつるかも
  大意:内にむすぼゝれてもやもやと思ふことは千万なれども、百首の歌によみてい
 さゝかばかり心緒を暢ノべたことかなと也。
 
思ふことうたへば和ナきぬ言霊コトダマの 幸サキはふ験シルし正マサしかりけり
  大意:心の内にむすぼれしことも歌によみいづれば、心は和ぎ晴るゝを、真に言霊
 の助け幸はふ験は違はざりけりとなり。
 
百歌モモウタにとぢめては有れど千歌チウタにも 思ふ心は豈アニつきじかも
  大意:百首に止めては有れど、思ふ心の程は千首によみたりとて、いかで尽きはす
 まじきかとなり、これあまりうたよまるゝ趣意なり。
 
常トコしへに世をてらします日のみたま 託ツけし鏡は伊せの大神
  大意:永久に世に照り給ふ大御神の御霊を託け給ひし八咫鏡は、伊勢に鎮り坐す皇
 大神宮に坐すと也。
 
ひむかしの国ことむけて御剣ミツルギは 熱田の宮に鎮シズマりいます
  大意:倭武命の御剣の威霊に依りて東国を征平し給ひし、其の御剣は熱田の宮に鎮
 座し給ふとなり。
 
ひさかたの天アマつ日嗣ヒツギの御宝ミタカラと 御ミもと放ハナたぬ八尺曲玉ヤサカマガマ
  大意:御鏡は伊勢に、御剣は尾張に斎き給へれども、御玉は神代より変らせ給はず、
 天津日嗣の御璽の神宝として、天皇の大御許を放ち給はず敬ひ給ふとなり、以上三種
 神器は斯道の上にいと重くして、日嗣の御璽にしあれば、代々の事ら詠み給へる阿麻
 理歌の首におかれし也。
 
瑞垣ミズガキの宮の大御代オオミヨは天地アメツチの 神をいはひて国さかえけり
  大意:崇神天皇の御代には、殊に神祇を重みし御祭を厳オゴソカにし給ひければ、天下
 賑ひ栄えたりと也。
 
目輝マカガヤくたからの国を言向コトムケの 神のさとしは尊きろかも
  大意:目のまばゆき金銀の財の出づる三韓の国を服従せしめし神等の託宣は尊きこ
 となりと也。
 
古辞フルコトを今につばらに伝へ来て 文字も御国ミクニの一つ御ミたから
  大意:神代よりの古事どもを伝へきて、今具ツブサに知ることを得るは漢字なり、さ
 れば文字と云ふものも今は御国の一つの宝ぞと也。
 
小菅コスゲよし蘇我ソガの馬子ウマコは天地アメツチの 底辺ソコヒのうらにあまる罪人ツミビト
  大意:蘇我馬子は天地の間に置所もなき大罪人なりとなり。
 
くなたぶれ馬子が罪も罰キタめずて 賢サカシら人ヒトの為セしは何わざ
  大意:馬子が崇峻天皇を蔑ナみし奉りし大罪を罰めずして、聖人顔して賢げにあしら
 ひしわざは抑も何事ぞ、仮令一の功徳ありとも善功ありとも、斯くては取るに足らず
 となり。
 
馬子らが草生ムす屍カバネ得てしがも 斬りて散ハフりて恥みせましを
  大意:大逆無道の馬子が骸骨なりとも得たきものかな、得たらば斬屠りて恥を与へ
 んものをとなり。
 
わだのそこ沖ついくりに交マジりけん 君の守護マモリの剣ツルギ太刀タチはや
  大意:海底の沖の石に交りて、終に現れ出でずなり給ひし天皇の御守の剣太刀、あ
 ゝ忌々ユユしき事よとなり。
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