52 玉鉾百首
 
〈玉鉾百首〉その二
 
世の中のあるおもぶきは何事も 神代の跡アトを尋ねて知らゆ
  大意:凡て世の中のおもむきは、何事も神代にありし事跡を尋ねて知らるゝこと也、
 国の治乱、人の禍福、その他何事にても神代の跡を考へて知れと也。
 
諸モロモロの成出ナリイヅるものは神産霊カミムスビ 高御産巣日タカミムスヒの神のむすびそ
  大意:人類を始めて万物の生成するもとは、高御産巣日神神産巣日神の生ふし成し
 給へるものぞとなり。
 
あらはにの事は大君かみごとは 大国主オオクニヌシのかみのみこゝろ
  大意:顕世の事は天皇の御心、目に見えぬ幽事は大国主神の御心より起るものぞと
 なり。
 
目に見えぬ神の心の幽事カミゴトは 恐カシこきものぞおほにな思ひそ
  大意:目に見えぬ神の御しわざの幽事は恐しきものなり、疎忽に思ふ勿れとなり。
 
世の中の吉ヨきも悪アしきも悉コトゴトに 神の心のしわざにぞある
  大意:世間に吉事の出来るも凶事の出来るも、皆神の御心より起りて然るものなり
 と也。
 
吉事ヨキコトにまがことい継ぎ凶事マガコトに よき事いつぐ世の中の道
  大意:神代のことの次第は吉事より凶事出来、凶事より吉事出来てあり、人の世の
 さまもこの道理に違ふことなければ、これが世の中の定まれる道ぞとなり。
 
世の中は吉事ヨコト凶事マガコト行き更カワる 中よぞ千々チヂの事はなりづる
  大意:寒暑往来の間に草木の生育する如く、吉事と凶事と行き変り行き変りする中
 より、世の中のさまざまの事は成出づると也。
 
道理コトワリのまゝにもあらずて横さまの 善ヨきも悪アしきも神の心ぞ
  大意:道理の如くには非らずて、思の外なる事ありて、斯くはあるまじき理ぞと思
 へど、それも神のしかさせ給ふよしあるべき御心ぞと也。
 
百モモたらず八十禍津日ヤソマガツヒの凶事マガコトと 善ヨキを嫌へや善人ヨキヒトよくせぬ
  大意:禍津日神の凶事とて善事を嫌ふ故か、善事をなす人にも不幸のみあらしめて
 幸福せぬと也。
 
善人ヨキヒトを世に苦しむる禍津日の 神のこゝろのすべもすべなさ
  大意:善人に幸福あるべきを、然はなくて禍事して苦しむる禍つ比の神の心も、何
 とも為すべきてだてなしと也。
 
天照大御神アマテラスオオミカミすらちはやぶる 神のすさびは恐カシコみましき
  大意:天照大御神の尊き御威徳にても、荒びます神の進びに恐みまして、天岩屋に
 隠りましゝが如く、悪神の荒び盛りなる時は、善神も御心に任せ給はずとなり。
 
おふけなく人の賎イヤしき力もて 神のなすわざ争ひ得エめや
  大意:人の僅かなる力を以て、大胆にも目に見えぬ神のなし給ふわざに争ふとも、
 終に勝ち得じと也。
 
あぢきなき何のさかしら霊幸タマチハふ 神カミ斎イツかずて疎忽オオロカにして
  大意:斎イツき敬ふべき神を敬はず疎忽にして、理窟のさかしらだてするは何事ぞ、
 無道の賢だてかなと也。
 
いざ子達コドモさかしらせずて霊幸タマチハふ 神のみしわざ助け奉マツろへ
  大意:人々よ賢だてを止あて、神の御心に従ひ神の世に善事をなし給ふ御業を賛成
 タスケナせよと也。
 
弱オジナきがまくる思イモひて神と云へど 人に勝カタすと云ふが愚オロカさ
  大意:微しく拙き神の人にも得勝たぬこともあるを思ひて、神と云ふものは恐るゝ
 に足らずなど、傲慢なることを云ひて、神に尊卑のけじめあることを知らぬは愚なり
 となり。
 
神といへば皆等しくや思ふらん 鳥なるもあり虫なるもあり
  大意:世人の神と云へば、何れの神もみな同様に思へるは、甚よろしからず、神に
 はさまざまありて、鳥又虫を神とせるも有れば、心してその差別を知れとなり。
 
いやしけどいかづちこだま狐キツネ虎トラ 龍タツのたぐひもかみのかたはし
  大意:雷神樹神コダマ狐狸の属は、微賎ながらもあやしきことをすれば、神の片端ぞ
 と也。
 
釈迦サカ孔子クシも神にし有れば其の道も 広けき神の道のえだみち
  大意:釈迦は天竺の人、孔子は支那の人なれども、世人に祭らるるを見れば即ち神
 なり、斯く神にて有れば、儒仏二道も広正なる神道の枝葉の道ぞと也。
 
斎イツくべき神等カミタチおきて外トつ国に 異ケしき神をらいつくもろ人ヒト
  大意:崇敬せねばならぬ自国の神明をさしおきて、外国の異りたる仏陀、菩薩、耶
 蘇などを尊信する諸人よ、さてもさてもいかなる事かと也。
 
たなつもの百モモの草木クサキも天アマ照らす 日の大神のめぐみ得てこそ
  大意:稲穀は云ふも更なり、野山に生ひ立つ草木の類まで、日神の恩恵を得て蕃茂
 することなれば、その恩沢を思ふべしと也。
 
朝宵アサヨイに物モノ食クふ毎ゴトに豊宇気トヨウケの 神のめぐみをおもへ世の人
  大意:朝夕に食ふところの食物は、豊宇気神の御恵なれば、食物を食ふ毎に、豊宇
 気神の御恩沢を思ふべしとなり。
 
天地アメツチの神の恵メグミし無かりせば 一日ヒトヒ一夜ヒトヨもあり得てましや
  大意:天神地祇の御蔭を蒙らずば、一日片時も世に在り得べきか、否生存すべから
 ずとなり。
 
八雲ヤクモ立つ出雲の神をいかに思ふ 大国主を人は知らずやも
  大意:出雲の大社の神を、世人は何と心得て居るぞ、此の神は天下を経営し給ひし
 大功あれば、大国主神とも申し奉るものなるを、尊敬せであるべきかと也。
 
いのちつぐ食物クイモノ衣物キモノ住む家ら 君のめぐみぞ神のめぐみぞ
  大意:命をつなぐ食物を始め、暖に著キる衣物、雨露を覆ひて安く寝起する家屋、こ
 れらは自己の力のみにてはなく、神恩と君恩によるものぞと也。
 
天アマ照らす神の御民ミタミぞ御民らを 疎略オオロカにすなあづかれるひと
  大意:人民は皇祖大御神の天皇に賜ひし人民なれば、即ヤガて皇祖の御民なり、その
 人民は国家の大御宝オオミタカラなれば政治を執る人々等よ、人民を私物にして疎略にする
 こと勿れとなり。
 
物作る民はみたからつくらずば いかにせんとか民くるしむる
  大意:人民は五穀を始め、宮室器具布帛何によらず造出ツクリイダして国家を富ましむ
 る大御宝なり、若し人民がこれらのものを造出さずば如何にせんとかする、人民の上
 にありて国家を治むる者は、虐政を施して下民を苦むべきに非ずとなり。
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