51b 玉鉾百首
 
伊豆能売イヅノメの厳イツの御霊ミタマを得てし有らば 漢カンの枉マガれる事覚サトりてむ
  大意:直日神に祈りてその神霊によりて伊豆能売の清浄なる御霊徳を得たらんには、
 その時ぞ漢意のわろかりしことを覚らんと也。
 
久方ヒサカタの天つ月日の影はみじ からのこゝろの雲し晴れずば
  大意:雲霧に覆はれては天つ月日の影は見え難きが如く、漢意ありては皇国の明ら
 けき古伝の意は、得覚らじと也。
 
から書フミのさ霧ギリ鬱頻イブセししなとべの 神の息吹イブキの風待つ吾ワレは
  大意:漢籍の説満ちひろごりて、雲霧の如く鬱陶ウットウしく頻はしければ、吾は科戸
 シナトべの神の息吹の風にて吹払ひ給はん時を待つと也。
 
下濁シタニゴるからふみ川は常滑トコナメの かしこき川ぞ足ふむなゆめ
  大意:漢書川は、水面は清みたる様なれども、底は濁りて常滑なる恐しき川ぞ、ゆ
 めゆめ過ちて身を失ふこと勿れと、漢籍の文章美ウルワしく見事に見ゆれども、国体を害
 し大義を過つ事あるを戒められしなり。
 
肝向キモムカふ心さくじりなかなかに からのをしへぞ人あしくする
  大意:漢の教は人を善き方に導く教なれども、余りに理窟がましくこまごまと議論
 し私智を振ふ故に、却て人の心を悪しくすと也。
 
皇国ミクニはし日の神国カミクニとひとくさの こゝろも直し行オコナイも善ヨし
  大意:我が皇国は日神の本つ御国の事とて、人民の心の直く行も正しかりと也。心
 の直く行の良きこと、光源ある国史の成跡に見て知るべきなり。
 
漢カラざまのさかしら心うつりてぞ 世人ヨヒトの心悪アしくなりぬる
  大意:外国風の賢ら心のうつり来りてより、我が国人の心も行も悪しくなりしと也。
 
日の本モトの大倭ヤマトをおきて外トつ国に むかる心は何のこゝろぞ
  大意:わが日本をさしおきて、他の国を尊みしたふ心は、抑々何心ぞと也。
 
言挙コトアゲせぬ国には有れども枉事マガコトの 言挙コトアゲ言痛コトチタみ言挙コトアゲ為ス吾ワレは
  大意:日本の国風は、物をやかましく論ぜぬ国にはあれど、邪僻の説どもの、皇国
 を貶オトし神を軽しむる言論のうるさゝに、止むことを得ず吾も弁論すと也、この百首
 の歌ども即ち言挙なり。
 
禍津日マガツヒい世人ヨビトの耳か塞フタぐらむ 真事マゴト語れば聞く人のなき
  大意:わが真事なる古伝を語れば聞入るゝ人のなきは、禍津日神の世間の人の耳を
 塞ぎ給ふにやとなり、真言マコトを聞く人のなければ、此の神の妨げにやと斯く詠みませ
 る也。
 
怪しきはこれの天地諾ウベな諾ウベな 神代は殊コトに怪しかりけむ
  大意:奇妙なるは此の天地なり、斯く奇々妙々なる天地なれば、成程々々この天地
 の出来始の神代のことは殊に奇アヤしくありしならんと、神代のことを疑ふ人をさとし
 給へる也。
 
知シラゆべき物ならなくに世の中の 奇クしき道理コトワリ神ならずして
  大意:神にあらずして人智にては、世の奇妙なる理は知らるべきものにてなきをと
 也、次の歌とつゞけてその意を知るべし。
 
知ると云ふは誰タレのしれもの測りても 世の神理コトワリは底ひ無きもの
  大意:知りて居ると云ふは、何の痴者であるぞ、世の理と云ふものは際限なきもの
 で、己が智を以て工夫しても及ぶものに非ずと也。
 
くすはしき神理コトワリ知らずて漢人カラビトの 物の道理コトワリ解くがはかなさ
  大意:天地の間のことは、凡て奇妙なる理あることを知らずして、漢人の賢げに物
 の理を解くは愚かなることぞとなり。
 
怪しきを有らじと云ふは世の中の 怪しき知らぬ痴心シレココロかも
  大意:凡て世に奇怪なることは無き理なりなど、神代の奇しき事ども云ひ消すは、
 最あやしき世の中に在りなから、その奇しき事を知らぬ愚かなる心なりけりと也。
 
賢カシコけど人の智サトリは限カギリあるを 神代のしわざいかではからん
  大意:人智はどれ程賢しとて限りあるものなれば、神代の神の御業の奇異なる理は、
 いかで推測し得べきとなり。
 
人ヒト皆の物の道理コトワリ斯カに斯カくに 思ひ測りて云ふはからごと
  大意:皆人の何事につけても、物の理をとやかくに、測り定めて云ふは、漢流の説
 なりとなり。
 
伝ツタエなき事は知るべき便ヨシもなし 知らえぬ事は知らずてを有らん
  大意:伝説の無きことは、知るべき方便もなければ、知られぬことはその侭知らず
 て有るべきぞ也。
 
伝ツタエはし無くとも似たる類タグイあらば 外ソトに准ナゾへて知ることも有らん
  大意:古事記日本書紀その他の古書に伝はらぬ事は、知るべき方便もなけれ共、併
 しながら他によく似たる類例もあらば、それに准らへ比較して知ることも有るべしと
 也。
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