51 玉鉾百首
 
                      参考:皇學書院発行「玉鉾百首略解」
 
                    本稿は、賀茂百樹先生著の明治四十四年発
                   行(大正十一年六版)皇學書院「玉鉾百首略
                   解」を参考にさせていただきました。
                    注:『玉鉾百首』とは本居宣長大人が天明
                   七年春版の短歌集で、大人が古道・古学の精
                   粋を万葉風古体の短歌に詠んだ百首です。神
                   ながらの道の正気がはげしくほとばしってい
                   る歌集とされています。      SYSOP
 
〈玉鉾百首〉その一
 
撞賢木ツキサカキ厳之御魂イツノミタマとあめつちに いてり通らす日ヒの大御神オオミカミ
  大意:天照大御神は清浄なる御霊徳に坐す故に、天地間に到らぬ隈なく照り亘り給
 へるなり、あゝ広大なる御霊徳にます哉と也、この大御神は御父伊弉諾命の御禊の時
 に現れましゝ故に厳の御魂にまし、清浄なる御魂にます故に天地に照徹り給ふと云ふ
 大人のこゝろしらびにて、この歌を百首の始めに置かれ、巻末に凶事マガコトを、みそが
 せれこそ、世をてらす、日月の神は生出ナリイデませれにて結ばれしは、清明に道の本源
 にて尊重すべき事を暗に示されしなり、況マして大御神は皇室の大祖、万神の元首にま
 しますをや、本書を読むもの大人の深思遠慮を思ふべき也。
 
あめつちの極キワみ御照ミテラす高光タカヒカる 日の大神のみちは斯コの道
  大意:天地の限り御照らし遊さるゝ日の大御神の道と云ふは、斯の道ぞ、今己が詠
 むこの百首の歌に次々に歌ひ出づる道ぞと也。
 
高御座タカミクラ天アマつ日嗣ヒツギと日の御子ミコの 受け伝へます道は斯コの道
  大意:天皇の天津日嗣とて即位に登りまして、天照大御神より代々受け伝へます道
 はこの道ぞ、この今詠みいづる道ぞと也。
 
天の下青人草アオヒトグサのあさよひに 御蔭ミカゲとよそるみちは斯コの道
  大意:天下万民の常住不断に御蔭として頼み寄るべき道は斯の道ぞと也。
 
ふたばしら御祖ミオヤの神ぞ玉鉾タマボコの 世の中の道始めたまへる
  大意:我々人民の大祖とまします二柱大神(伊弉諾神・伊弉冉神)は、夫婦の道より
 世の中の修むべき事、行ひ勤むべきわざなどを始めたまひしとなり。
 
天の下国はおほけどかむろぎの 生ウみ成ナしませる大八島ぐに
  大意:世界の内に国は数多けれども、我が天皇の御先祖の神の修理固成し給へるは
 この日本国なり、他の国よりは殊に御心おきませる国なりとなり。
 
日の神のもとつみくにと御国ミクニはし 百八十モモヤソ国の秀国ホクニ祖国オヤクニ
  大意:日本国は天照大御神の生出でましゝ本の御国のことゝて、百八十と多き国の
 中の秀ヒイ一の国なり、本祖の国なりと也。
 
百国モモクニのくにのまほらは大倭オオヤマト わが大君オオキミのきこしをすくに
  大意:日本は百千と多き国の中に勝れて秀でたる国にて、さてその善美なる国は、
 わが天皇の治め給ふ国なりと也。
 
かしこしや皇御国スメラミクニはうまし国 うら安ヤスの国くにの真秀国マホクニ
  大意:わが天皇の治め給ふ国は善美の国なり、安気なる国なり、百千の国の中にて
 秀でたる国なりと也。
 
百八十モモヤソと国は有れども日の本モトの これの倭ヤマトにます国は有らず
  大意:百八十と国は有れども、この日本にましてよき国は外に有らずと也。
 
天地アメツチのそきへの極キワミ覓マぎぬとも 御国ミクニに益してよき国有らめや
  大意:天地のはてばての所々まで尋ね求めたりとて、皇国にまさりてよき国は有ら
 じと也。
 
大穴牟遅オオナムチ少名御神スクナミカミのよろしくも 造り堅カタめし大やしま国
  大意:この大八島国は神祖伊弉諾伊弉冉神の造成し給ひしかども、猶不足の所を大
 穴牟遅少名御神の造り給ひしと也。
 
囀サヒヅるや常世トコヨの加羅カラの八十国は 少名彦那ぞ造らせりけむ
  大意:遠き海の外の数多アマタの国々は、少彦那神の作り給ひけむと也、古事記に、此
 の神の常世に出で給ひしこと見え、文徳実録に帰り給ひしこと見ゆ。
 
物皆モノミナは変り行けども現アキつ神 わが大神の御代ミヨはとこしへ
  大意:世の中に有ゆる万の物、悉く世々を経る任ママに変遷するものなれども、現人
 神アラヒトカミとます我が天皇の御位は、常トコしなへに変はらせ給ふことなしと也。
 
国々の君は替カはれど高光タカヒカル 吾が日の御子の御代ミヨは変らず
  大意:外国は凡て禅譲放伐の国にて興廃常なけれは、その国々の君主は時々に易替
 えすれども、我が天皇の御世は万世無窮に坐せり、穴アナ尊き事哉と也、国家の組織を
 人体に比すれば、国家にも夭寿あり、周は八百余年にて亡び、秦は十余年にて亡びし
 が如し、我が日本国家の如きは、天地開闢以来不変不易にして、実に不死の国なり、
 長寿の国なりと云ふべき也。
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