43 [巨人の身体から造られる世界]
 
 創造神話の重要なタイプとしては、この他に更に、巨人の身体から世界が造られたと
云う話があります。この「世界巨人型」の創造神話の代表的なものは、インドのプルシ
ャ神話、北欧のイミル神話、中国の盤古バンコ神話などです。
 プルシャの神話は、インド文学の最古の作品である『リグヴェダ』の讃歌の中で歌わ
れています。それに拠りますと、「神々は原初に巨大な原人プルシャを生贄イケニエとし、
その身体から世界を造った。巨人の頭からは天空が造られ、臍ヘソは大気となり、足は大
地となった。プルシャの眼から太陽が、精神からは月が生じ、口からは火の神アグニと
雷神インドラが生まれ、そして彼の吐く息からは風が発生した」と云います。
 
 北欧神話の世界巨人イミルは、世界最古の存在で、神々とこれに敵対する巨人の一族
との共通の祖先だったとされています。「彼はオージンとフィリとフェーと云う三柱の
兄弟の神によって殺され、三神はイミルの屍体から世界を造った。かれの身体の肉は大
地となり、血は海となり、骨は山脈となり、髪の毛は樹木となった。頭蓋骨は天空とな
り、脳髄は雲となった」と云われます。
 この型の神話はミクロネシアからも報告されています。マリアナ諸島で採集された話
に拠りますと、「世界最古の存在は、プンタンと云う巨人とその姉妹で、彼等は虚無の
中でただ二人きりで暮らして居た。分譚は死ぬ前に遺言して、自分の死骸から世界を造
らせた。彼の胸と肩からは天と地が造られ、両眼は太陽と月になり、睫毛マツゲからは虹
が出来た」と云います。
 
 『エヌマ・エリシュ』と云う叙事詩に物語られたバビロニアの神話に拠りますと、「世
界は太古にマルドウク神によって、ティアマトと呼ばれる海水を神格化した蛇形の女神
の死体から造られた。激しい戦いの末にティアマトを殺したマルドウクは、この怪物の
身体を二つに引き裂き、その半分で天を造った」
 『エヌマ・エリシュ』には、ティアマトの死骸の残りの半分が何に使われたかは述べら
れていません。しかし我々は、それが当然大地になったと推定して良いでしょう。して
見ますと、このティアマトの神話も、「世界巨人型」創造神話の一つの変種と考えられ
ましょう。
 
 日本神話の研究者の中には、このようにその身体から世界の主な要素ず造られる「世
界巨人」の性格が、伊邪那岐命イザナギノミコトにも認められると主張する人々があります。
伊邪那岐命を主人公とする神話の最後には、「この神が黄泉ヨミの国から帰還した後で、
禊ミソギをした時に、彼の左の目からは太陽神の天照大御神アマテラスオホミカミが、右の目からは
月神の月読命ツクヨミノミコトが、鼻からは暴風神的性格の著しい須佐之男命スサノヲノミコトが、それ
ぞれ誕生した」と物語られています。これはわが国に近い中国の「世界巨人型」神話の
中で、盤古の「左の眼が太陽となり、右の眼が月となり、息が風となった」と云われて
いるのと頗スコブる良く一致します。また伊邪那岐命を祀った淡路の大社では、この神が
「死んだ神」としての取り扱いを受けていたと云うのも、世界が造られるため身体を犠
牲にせねばならぬ世界巨人的神格に相応しいと云えまょう。
 
〈眠る巨人の体内に広がる大宇宙〉
 
 「世界巨人型」創造神話の変化した形は、ヴィシュヌ神を主人公とするヒンズー教の
神話にも認めることが出来ましょう。
「世界の初めには、暗黒の中に広漠とした原初の大洋があり、その上にヴィシュヌが、
巨大な身体をアナンタと云う大蛇の上に横たえて眠っている。だがこの時、やがて創造
される世界は既に、ヴィシュヌによって夢想され、彼の内部にすっかり出来上がってい
た」
 『マチヤ・プラーナ』と云う教典には、この創造される以前の、未だヴィシュヌの内に
存在する世界に住んでいたマールカンデヤと云う聖者が体験した、次のような不思議な
冒険の話が物語られています。
 
「ヴィシュヌの内部に神の夢想として存在する世界は、当然未だ如何なる夢によっても
汚されていない。この理想郷に既に何千年か生きたマールカンデヤは、その中で行われ
ている賢者たちの修業や、犠牲式の模様などを見て回っては心に無限の喜びを感じ、少
しも飽きることがなかった。ところがある時のこと、この老聖者は、このようにして飽
かず世界を遍歴して回っている間に、うっかりして、半開きにされたヴィシュヌ神の唇
の間から、外の暗黒の大海に滑り落ちてしまった。
 突然、世界の外に投げ出され、果てしない海の真っ直中タダナカに置かれたマールカンデ
ヤは、自分の身に一体何が起こったのか、全く訳が解らず、ただ呆然とするばかりであ
った。そのうちに彼は、眠っている神の巨体があるのに気付いた。水から半ば浮かび出
たその身体は、まるで山脈にように見え、内部から発する不思議な光によって輝いてい
た。マールカンデヤは、この巨体の処に泳いで行き、質問をしようとした。その瞬間に、
彼は忽ち巨人に捕まれ、その口の中に呑み込まれたと思うと、もう彼は、自分が何時の
間にかまた、元居た見慣れた世界に戻っているのに気付いた」と云います。
 
 世界が創造されるべき時が来ますと、この大洋に浮かび眠っているヴィシュヌの臍か
ら蓮が芽を出し、やがて黄金色に光り輝く一輪の花を咲かせます。そしてこの蓮の花の
中央に、四つの顔を持った創造神のブラフマーが現れ、パドマーと呼ばれるヴィシュヌ
の妻のシュリー女神とも同一視されるこの蓮の花が大地となり、また万物を生み出す大
地女神の女陰ともなって、ヴィシュヌの内にある世界が、現実のものとして創造される
のです。
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