41a 天地創造の謎「世界の始まり」
 
  [万物を創造した神の言葉]
 
〈何故神の名を妄ミダりに唱えてはいけないか〉
 
 聖書にはこのように一貫して、言葉の働きを重要視する思想が見られます。このこと
は、一神教であるユダヤ=キリスト教に、真に相応しい発想であるとも考えられましょ
う。
 ところが、このように言葉に、生命と殆ど無限に近い程の力があると考える考え方は、
実は決してユダヤ=キリスト教だけでのものではないのです。神話を生きた伝承として
生み出し所有した時代と文化の中では、人類は、地球上の何処においても、言葉が生命
を持ち無限の力を持つと信じていました。人間の口から発せられる、呪マジナいの言葉に
すら、病気を治癒し、又は逆に他人を病気にさせたり殺したりすることが出来、或いは
雨を降らせたり、作物を実らせたり狩の獲物を増やすなどの力があると云うのが、人類
に普遍的な信仰でした。神話はある意味で、このような言葉への信仰の所産であるとも
云えましょう。神話を所有した人類は、彼等の持っているその神話が語られる時に、神
話の物語る太古の創造の出来事が、今ここにおいてまた再び起こり、世界が新しく造り
直されると信じていたのです。
 
 言葉によって人間は、神を思いのままに動かすことが出来るとすら信じられました。
旧約聖書の十戒において、神の姿を像に造ることと、神の名を妄りに唱えること、とが
厳禁されているのは、ご存じの通りです。これらのことが神に対する許し難い冒涜ボウトク
と考えられ、厳重に禁止されたのは、神を像に刻んだり神の名を口にすることによって、
人間が神に影響を及ぼし、働き掛けることが出来ると考えられたために他なりません。
名前が持つと考えられた、このような神秘的な力に対する信仰は、例えば古代エジプト
の次の神話などからも窺うことが出来ましょう。
 
 世界を創造し支配していた太陽神レーは、非常な老齢となり衰弱して、日々天空を回
っている間にも、唇の震えを抑えることが出来ず、地上に大量の涎ヨダレを垂らすように
なりました。この有様を見たイシス女神は、今こそ太陽神の持つ王権を自分が受け継ぐ
機会が来たと考え、そのための策略を立て早速それを実行に移しました。
 イシス女神はまず、太陽神レーの涎で濡れたべとべとした土を捏コねて毒蛇を作り、そ
れを太陽神の通り道に置きました。毒蛇に噛まれた太陽神は、「まるで増水したナイル
河の水がエジプト全土を覆うように、全身を猛毒によって冒オカされ」、苦しみ悶えまし
た。イシス女神は、そこで太陽神レーの処に行き、太陽神が女神に、誰にも知られてい
ない太陽神の本名を教えて呉れれば、自分が太陽神の苦痛を癒そうと申し出ました。太
陽神レーは最初は様々な嘘の名を言って女神を欺こうとしましたが、終いには遂に苦痛
に耐え切れず、誰も知らぬ太陽神の秘密の本名を教えてしまいました。この時からイシ
ス女神は、太陽神レーに代わり神々の間の最高権力者となりました。
 
〈山の神の名前を教えられた猟師〉
 
 神の名前を知ることによって、絶大な力が授かると云う考え方は、わが国の各地に少
しずつ違った内容を持って伝わる、次のような筋の山の神の伝説にも現れます。
 磐次郎バンジロウと磐三郎と云う、兄弟の猟師が居ました。ある日のこと、弟より早く山
に狩に行った兄の磐次郎は、木の下に美しい女が腰掛けているのを見ました。女は磐次
郎に「自分は此処でお産をしようとしているところだが、水が無くて困っています。ど
うか水を一杯汲んで来て下さい」と言って頼みました。しかし磐次郎はこの願いを聞か
ずに、その場を通り過ぎて行ってしまいました。
 その後へ磐三郎が遣って来ました。木の下の美女から、先程と同じ頼みを受けますと、
磐三郎は同情して、早速沢に下り、火薬角を容器にして、水を汲んで来て彼女に与えま
した。すると女は大層喜んで、磐三郎に言いました。
「私はこの山の神です。こうしてお前が親切にして呉れたお礼に、これまで誰にも知ら
せたことのない私の名前を、お前に教えて上げましょう。これからは、山へ狩に行く度
に、枝を供えて私の名を呼びなさい。そうすればあなたは、欲しいだけの獲物を得るこ
とが出来るでしょう」
 
 また、神の言葉が直ちにその通り実現されたと云う話は、『古事記』に物語られ、次
の神話に見ることが出来ます。
 
 国譲りを要求するための使者として、天から出雲の大国主神オホクニヌシノカミの許に派遣され
た天若日子アメワカヒコは、大国主神の娘下照比売シタテルヒメと結婚してそのまま出雲に住み着き、
八年経っても何の報告の高天原タカマノハラに寄越しませんでした。天神たちはそこで雉子キギ
シの女神雉名鳴女キギシナナキメを彼の処に送って、何故報告せぬのか詰問させました。ところ
が天若日子は、あろうことかこの天からの使いを、彼が地上に降りるに当たって天神た
ちから授けられた弓矢で、射殺してしまいました。
 矢は鳴女の胸を突き抜け、高天原にある天の安河と云う河の河原に届きました。天神
等と共に丁度其処に居合わせた高御産巣日神タカミムスビノカミは、羽に血の付いたこの矢を拾
い上げて見て、それが天若日子に授けたものであることを認めました。高御産巣日神は
そこで、次のような厳かな言葉を唱え、矢を地上へ投げ返しました。
「もし天若日子、命を誤タガへず、悪アラぶる神を射つる矢の到れるならば、天若日子にな
中アタりそ。もし邪キタナき心あらば、天若日子この矢にまがれ」
 すると、朝床に寝ていた天若日子の胸に命中し、裏切者の息を止めました。
 
 初めに挙げた旧約聖書の天地創造譚と良く似た、天地万物が神の言葉によって造られ
たと云う創造神話は、古代エジプトのメンフィスにもありました。プター神を主人公と
するこの神話に拠りますと、この神は心に思い、舌を用いて名を呼ぶことによって、万
物を造ったと云われます。

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