12b わが国の神話「神武東征」
[東への道]
〈兄弟で敵味方〉
ところでこの宇陀の山奥には、兄宇迦斯エウカシ、弟宇迦斯オトウカシと云う二人の兄弟が勢力
を張っていました。
流石に神倭伊波礼毘古命カムヤマトイハレビコノミコトは、いきなり戦いを挑もうとはなされず、ま
ず八咫烏を使者に立てて、兄弟の意向に探りを入れました。
「今、此処に天つ神の御子がお出でになられた。そなたたち、大人しく命ミコトに従ってお
仕えなされたらどうじゃ。」
八咫烏が、大音声に申し入れますと、いきなりビューンと唸りを上げて飛んで来る物。
鳴鏑ナリカブラの矢を射掛けて来ました。うむも言わされず、八咫烏は、いきなり返答代わ
りに矢を受けて追い返されてしまいました。そこで、鳴鏑の矢の落ちた処を訶夫羅前カフラ
ザキと呼ぶようになりました。
このように脅しを掛けて来るからには、命の軍勢を一挙に迎え討つつもり。
「やいっ、者共、待ち伏せしてやっつけろ。」
兄宇迦斯は大声で辺り中、喚ワメき散らして号令を掛け廻りましたが、どうした訳か、
一向に兵士たちが集まって来ません。
「これは為シたり。ならば、騙ダマし討ちじゃわい。」
兄宇迦斯はそう呟ツブヤきながらも、上辺ウワベは大人しく振る舞う素振りを見せます。
「先程は、誤って鳴鏑の矢など飛ばしてご無礼申し上げた。これよりは、心を改め、身
を慎んで命にお仕え致しましょう。」
と、わざわざ使いを立てて来ました。
その上、命をお迎えする準備に大童オオワラワになっている様子を見せ付けます。
まずは、大きな御殿を造り始めました。
ところが、この御殿こそ曲者クセモノ、中には怖ろしい押機オシを仕掛けています。
「兄上は、ど偉いことを企んでいるぞ。」
それを見かけて怪しんだ弟の弟宇迦斯は、急ぎ神倭伊波礼毘古命の許に馳せ参じて、
密かに知らせました。
「畏れながら申し上げます。今の今、私の兄の兄宇迦斯は、とんでもない悪巧みを計っ
てております。
先程は、天つ神の御子の使者としてお立てになられた八咫烏ヤタガラス様に、鳴鏑の矢を
射掛け、勢いに乗って御子たちの軍勢を迎え討とうとしたものの、さっぱり兵士たちは
集まりません。
そこで、まやかしの御殿を造り、罠に掛けようとしております。中には、押機を仕掛
けて、命のお命を狙っているのです。うっかりその上を踏もうものなら、忽ち打たれて
押し殺されてしまいます。
最早、私は兄の悪巧みを許すことが出来ず、こうして、取るも取り敢えず、お知らせ
に参った次第でございます。」
「兄弟の仲であるのに、よく打ち明けて呉れた。礼を言うぞ。」
弟宇迦斯の知らせを受けた二人、大伴連オホトモノムラジらの先祖に当たる道臣命ミチノオミノミコト
と、久米直クメノアタヒらの先祖である大久米命オホクメノミコトは、早速乗り込んで行きました。
「兄宇迦斯、いざ此処へ参られい。」
先手を打って、大声で呼び出しを掛けます。
「はっ、これは、既に準備も出来ましてございます。命のお出ましを、喜んでお待ち致
しておりました。」
さりとは知らぬ兄宇迦斯は、大人しげに二人を迎えました。
「嘘を吐ツけ。白シラを切るのも好い加減にせい。お前が、我らの御子の命のために造った
と云う御殿の中に、まず試しに、お前自身が入ってみるが良い。」
「どうじゃ、どんな風にお迎えしようとしたか、さあさあ、直ぐさま試されい。」
道臣命と大久米命に急き立てられた兄宇迦斯は、吃驚ビックリ仰天ギョウテン戦オノノいていま
す。そこを二人が、大刀の柄ツカを握り、槍のような矛ホコを扱シゴきながら、じりじり迫っ
て行きます。後から、弓に矢を番ツガえて続く兵士たち。
逃げ場を失った兄宇迦斯は、御殿の中に飛び込むより仕方がありません。
「ぎゃーっ。」
自分の仕掛けた押機に、強シタタか打たれ、忽ち死んでしまいました。
そこで、兄宇迦斯の死体を引きずり出し、ばらばらに切り散らします。
「にっくき奴め。」
辺り一面、兄宇迦斯の血が広がったところから、この地には、宇陀ウダの血原チハラと云
う名が残された程です。
そこで、神倭伊波礼毘古命は、弟宇迦斯の献上した、大変なご馳走を皆の兵士たちに
賜りました。
兵士たちの喜びはこの上もなし。ご馳走を戴きますと、賑やかに歌い出しました。
宇陀の高地のお狩場に
鴫シギが来るかと縄張って待てば
鴫はさっぱり掛かりもせんで
何とまあでっかい鯨が掛かり申した
古い女房が御数オカズ欲しと言えば
痩せた実の立ちんぼの木そっくり
肉の碌々ない奴ヤツを
ちょっぴり削って遣ればいい
若い女房が御数欲しと言えば
実沢山のイチサカキみたいに
たっぷり肉の付いたところを
どっさり一杯ほい遣れよ
ええしやこしやざまみなさーれ
ああしやこしや わっははへーい
さて、お手柄だった弟宇迦斯は、宇陀の水取モヒトリらの先祖となりました。
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