09 わが国の神話「天孫降臨」
 
  [天孫邇邇芸命]
 
〈高天原タカマノハラの夜明け〉
 
 既に、大国主神オホクニヌシノカミの国譲りも終わりました。
 そこで、天照大御神アマテラスオホミカミと高木神タカギノカミの二神は、早速日ヒの御子ミコ、つまり
皇太子である正勝吾勝勝速日マサカアカツカチハヤビ天之忍穂耳命アメノオシホミミノミコトを、膝元に喚んで
命令を下しました。
「わが日の御子の天之忍穂耳命よ、愈々その時を迎えた。良いかな。今、葦原アシハラの中
つ国をすっかり平定したと、建御雷神タケミカヅチノカミより報告があった。そこで、そなたに
委せることにしていた通り、天降アマクダりして、その国を治めるのだ。」
 跪ヒザマヅいて、じっと聞いていた天之忍穂耳命は、静かに顔を上げ、
「はっ、仰せの通り、私ワタシは、この事のあるのを待って、密かに天降りの準備を調えて
おりました。ところが、その最中サナカに、新たな御子が生まれたのです。天邇岐志国邇岐
志アメニギシクニニギシ天津日高アマツヒコ日子番能ヒコホノ邇邇芸命ニニギノミコトと名付けました。新しい国
に拓くためには、この新しい御子を降クダすのが、一層宜しいかと存じます。」
と、申し上げました。
 この御子たちは、天之忍穂耳命が高木神の娘の万幡豊秋津師比売命ヨロヅハタトヨアキツシヒメノ
ミコトと結婚して生まれた御子です。長男が天火明命アメノホアカリノミコト、次男が今父の命ミコトから
指名された日子番能邇邇芸命の二柱の皇子ミコ。
 
「そうか。その方が新生の国には相応しいことかも知れぬ。天邇岐志国邇岐志天津日高
日子番能邇邇芸命とは、真に良い名じゃ。その名の通り、賑々ニギニギしく栄え、稲の穂
のよく実るよう、そなたの考えを採り入れるとしよう。」
 大御神は喜んで、天之忍穂耳命が進言なされたように、番能邇邇芸命ホノニニギノミコトに仰
せを出されました。
「この豊葦原トヨアシハラの水穂ミヅホの国は、そなたの治める国として、これより全てを委せ
よう。さあ、私の命令通り、葦原の地の国へ天降りせよ。」
 こうして、神々の住む天の国高天原では、賑やかに新たな夜明けのときを迎えました。
 
〈道案内の神〉
 
 眼下に閉ざされた雲海の上を、頻シキりに天の霧が流れました。濃くなったり薄くなっ
たり。行く手が定まりません。やがて、一団の霧は、壮大な乳色の幕を張り巡らして止
まりました。
「よし、今こそ。」
 番能邇邇芸命が、天より地への第一歩を踏み出そうと決心されたとき、眩マバユいばか
りの光が一行を照らし出しました。
 命ミコトを先頭に勢揃いして待ち構えている前に、雲の海は妖しげに傾斜を緩め道を開い
て行きます。
 忽ち幾筋もの光が、遥か地の国葦原の中つ国まで、きらきらと伸びて行きました。ど
うやら、天之八衢アメノヤチマタに居る光の神の仕業シワザらしい。その地点で道が八方に分かれ
ています。
「妖しげな光の神よ。我らに刃向かう者でなければ良いが。」
 
 邇邇芸命が内心案じているとき、天照大御神と高木神の命令が、天宇受売命アメノウズメノ
ミコトに下りました。
 天降りする一行の中で一際目立つ女神、あの胸乳ムナチを露アラハに面白おかしく踊り、そ
れまでお隠れになっていた天照大御神に、天アメの岩屋戸イハヤドからお出まし戴くきっかけ
を作った女神が、このとき指名されました。
「そなたは、か弱い女だが、先方から逆らって来る神と、正面から睨み合って勝つこと
の出来る神だ。そこで、まず、そなただけ一人で行って、
『わが御子の天降りする道に、そうしているのは、誰か。』
と、聞き出してみよ。」
 そこで、天宇受売命は光に誘われるように足を急がせました。
「あなたは、一体何処の何方ドナタですか」
 天宇受売命がいきなりご命令のままに問い掛けますと、
「私は、前からこの国に住み着いている神、その名を猿田毘古神サルタビコノカミと云う者でご
ざいます。」
と、素直に答えて来ました。
「それでは、どうして此処に。」
「いや、わざわざこうして出向きました訳は、天照大御神の御子様が、天降りなされる
と聞き及んだからです。先に立って道案内申し上げようと、お迎えに上がったのです。」
「それは、誠にありがたいことです。暫くお待ち下され。」
 天宇受売命が戻って来ますと、邇邇芸命の一行は、喜び勇んで出発準備を終わりまし
た。
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