09a わが国の神話「天孫降臨」
 
  [天孫邇邇芸命]
 
〈高千穂の峰へ〉
 
 こうして邇邇芸命は、天児屋命アメノコヤネノミコト、布刀玉命フトタマノミコト、天宇受売命アメノウズメノ
ミコト、伊斯許理度売命イシコリドメノミコト、玉祖命タマノヤノミコトと云う、それぞれ五つの職業を代表
する、優れた氏族の長に役割を分担させて、高天原より地の国へ天降りして行くことに
なりました。
 このとき、あの天の岩屋戸から、天照大御神をお招きした八尺ヤサカの勾玉マガタマと、八
尺の鏡、草薙クサナギノ剣の三種の神宝を携えさせることにします。
 また、矢張り天の岩屋戸で、この世が真っ暗闇になったとき、大御神をお導きする大
役を果たした思金神オモヒカネノカミ、手力男神タヂカラヲノカミ、天意志門別神アメノイハトワケノカミも一緒に
従って行くよう命を受けます。
 このように手配をした後、大御神は取り分け鏡を指ユビ指し、
「良いか、この鏡は、ただただわたしの魂として、何時も、身も心も清め、私そのもの
を拝むつもりで、お祭りするのだ。」
と、仰せられ、更に、
「就いては、思金神よ、そなたは私を祭ることの、一切を引き受けて、仕えるが良い。」
と、指名されました。
 
 後に、この天照大御神のご神体と定められた鏡と思金神は、伊勢の地を流れる清らか
な五十鈴川の辺セトリに建てられた宮に祭られます。
 次に登由宇気神トヨウケノカミは、外宮トツミヤとして度会ワタラヒの地に鎮座なされる神です。
 また、天石門別神アメノイハトワケノカミは、櫛石窓神クシイハマドノカミとも、豊石窓神トヨイハマドノカミとも
云われますが、その石戸イハト・石窓イハマドのように、宮のご門を守る神となりました。
 さらに、手力男神は佐那サナの県アガタの村に鎮座されました。
 後々、天児屋命は中臣連ナカトミノムラヂたちの祖先に、布刀玉命は忌部首イミベノオビトたちの
祖先になります。この二つの氏族は、主として宮廷の神事を司りました。
 伊斯許理度売命イシコリドメノミコトは鏡作連カガミツクリノムラヂたちの祖先、玉祖命は玉祖連タマノヤノ
ムラヂたちの祖先となります。鏡や神器を作った氏族がここから出たのです。
 
 さてこのように、すっかり陣容が調ったので、天照大御神と高木神の命令を受けた天
津日高アマツヒコ日子番能ヒコホノ邇邇芸命ニニギノミコトは、愈々高天原の岩の神座を離れることにな
りました。
 眼前には、天空を塞ぐ八重たな雲、その幾重にも重なる雲の海を押し分け、威風堂々
と、道を踏み鳴らして行きます。
 やがて、天と地の結び目に当たる天アメの浮橋ウキハシに到着とますと、邇邇芸命は、一段
と胸を張り、そこの浮島の一つに足を懸けられました。
 眼下遥かな葦原の中つ国、その何処の地点に降りたったものか。
 暫く目を凝らしているうち、一際高く聳え立つ、光り輝く峰を見定めました。
「あれなる峰が良いぞ。」
 命ミコトの力強い決意が、天地に木霊コダマします。
 こうして、山の霊に引き込まれるように、するすると、筑紫ツクシの日向ヒムカに聳える高
千穂の峰に天降りなされました。
 
 そのとき、天忍日命アメノオシヒノミコトと天津久米命アマツクメノミコトの二人が、矢を入れるがっしり
した石靭イハユギを背負い、柄の頭が槌のように固まった刀を付け、櫨ハゼの木で作った弓
を持ち、真鹿児マカゴの矢を手挟んで、先頭に立って道を拓いて行きました。
 この天忍日命は大伴連オホトモノムラヂたち、天津久米命は久米直クメノアタヒたち、何れも後に大
和朝廷の軍事力となる氏族の祖先となられる方々でした。
 そこで、邇邇芸命は、
「この地は、遥かな朝鮮の国に向かい、近くは笠沙カササの岬に、直ちに通じている。遮る
ものとてなく、朝の光は一杯に差し込み、また、夕日の美しく照り輝く国よ。この地は、
真マコト素晴らしい処ではないか。」
と、殊の外満足されたご様子です。
 早速命令のままに、地の底の岩盤に、太い宮柱を立て、高天原に届けよとばかり、千
木チギを高く上げ、見事な宮殿が出来上がりました。
 命ミコトは悠々、その宮に落ち着かれました。
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