07c [国造り(二)]
 
 こうして、歌い交わした二人は、次の夜、初めて寝処を共にされました。
 この八千矛神の正妻須勢理毘売命スセリビメノミコトは、酷ヒドく嫉妬深い女性でした。
 それで、夫君はすっかり困り果てて、出雲から大和の国へ上ろうとして、旅の支度を
調えました。
 そうして、すっかり支度が出来てから、八千矛神は、片手を馬の鞍の掛け、片足は鐙
アブミを踏んで、
 
 真っ黒い衣裳を
 すっかり取り揃えて身に着け
 さて沖の水鳥が身繕ミヅクロいするように
 胸の辺りを見ると
 水鳥が羽ばたくように
 袖をはたはたさせて見ると
 どうもこれは似合わない
 そこで岸に打ち寄せる波が引くように
 それを後ウシロに脱ぎ捨て
 翡翠カハセミのような青い衣裳を
 すっかり取り揃えて身に着けて
 水鳥のように胸の辺りを見ても
 袖を動かして見ても
 これも似合わない
 またまた波の引くように後に脱ぎ捨て
 今度は山の畑に蒔いた異国産の蓼藍タデアイの根を臼ウスで搗ツき
 それを染料にして染めた衣裳を
 すっかり取り揃えて
 さて胸元を見
 袖を動かして見ると
 これはとてもよく似合う
 愛イトしい妻よ
 私ワタシがこうして旅装を調えて
 大勢の従者を引き連れて行ってしまったなら
 『私は泣きませぬ』
 と強がりを言っても
 山の一本薄ススキがうなだれるように
 お前は泣くだろうよ
 お前の吐息は
 朝雨の霧となって立つことだろうよ
 若い私の妻よ
  語り言としてこう申します
 
と、歌われました。
 そこで、お妃の須勢理毘売は、盃を手に執って、夫君の側に近寄り、盃を捧げて、
 
 八千矛神さま
 私ワタクシの大国主さま
 あなたは男でいらっしゃいますから
 お巡りになる島の岬々
 またお巡りになる磯辺の岬々に
 どんな処にも残すことなく
 若い妻をお持ちになりましょう
 けれども私は女ですから
 あなたの他に男はありません
 あなたを除いて夫はないのです
 綾織のとばりのふわふわと揺れ動く陰で
 絹の夜具の柔らかい感触の中で
 楮コウゾの夜具のさやさやと鳴る中で
 私の泡雪のような若々しい胸を
 そして楮の綱のように真っ白い腕をしっかり抱いて
 手を差し交わし
 私の玉のように美しい手を枕にして
 足を長々と伸ばしてお休みなさいませ
  さあこのお酒を召し上がって
 
と、お歌いになりました。
 こうして大国主神と須勢理毘売は酒を酌み交わし、改めて夫婦の契りを固めて、互い
に抱き合って、現在まで睦まじく鎮座していらっしゃいます。
 
  以上の四首の歌を、神語カムガタりと云います。
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