05b [須佐之男命]
 
〈天の岩屋戸〉
 
「こんな真っ暗闇の日が、何時までも続いたら、大変なことになるぞ。」
「どうかして、天照大御神に、天の岩屋戸から、出て頂く方法がないものだろうか。」
「みんなで相談して考えよう。」
 高天原の、八百万ヤホヨロヅの神々は、天の安河の河原に集まって、会議を開くことにな
りました。
 ここに、高御産巣日神タカミムスビノカミの子供の思金神オモヒカネノカミと云う神が居ました。
 思金神は、多くの神々たちの思慮を、一人で兼ね備えている程の智恵のある神でした。
 思金神は、みんなの言うことをよく聞いて、深く考えた末、
「宜しい、私が何とかしてみましょう。」
と言って、まず、闇夜に鳴く長鳴鶏ナガナキドリを沢山集めさせて、一斉に鳴かせて見まし
た。
「うむ、これでよい。」
 
 次に、天の安河の上流の河原にある、堅い石と、天の金山カナヤマにある鉄の石を取り寄
せさせました。それから、鍛冶屋を業とする、天津麻羅アマツマラと云う者を呼び寄せ、更
に、鏡作りを業とする伊斯許理度売命イシコリドメノミコトと云う老女を招いて来て、
「二人で力を合わせ、立派な鏡を作って貰いたい。」
と、命じました。
 二人は畏まり、力を合わせて、やがて出来上がったその鏡は、大変神聖なものだった
ので、八尺ヤアタの鏡と名付けられました。
 
 次に、玉作りの玉祖命タマノヤノミコトに、
「お前は五百箇の勾玉マガタマを連ねた、立派な玉飾りを作って貰いたい。」
と、命じました。
 やがて出来上がったその勾玉は、大変神聖なものだったので、八尺の勾玉と名付けら
れました。
 思金神は、次に天児屋命アメノコヤネノミコトと、布刀玉命フトタマノミコトの二人を喚ヨんで、
「私が、これから行おうとしていることが、果たして、神の御意に叶っているかどうか、
正しく占って貰いたい。」
と、命じました。
 二人の命ミコトは畏まって、天の香具山に住んでいる雄鹿を捕らえさせ、その鹿の骨を丸
ごと抜き出させると、それを桜の木皮で焼き、その骨の裂け目を見て、慎重に占いまし
た。
 すると、思金神の考えが、正しく神意に叶うことが分かりました。
 
「よし、私の考えた通りの儀式を執り行うことにしよう。」
 それから、天の香具山に生えている青々と茂った榊サカキの木を、根こそぎ掘り起こして
来て、その上の方の枝に、先に作らせておいた八尺の勾玉を取り付けさせました。中の
枝には、矢張り作らせておいた八尺の鏡を懸けさせました。下の方の枝には、楮コウゾで
作った白い御幣ゴヘイと、麻で作った青い御幣を懸けて垂れ下げさせました。
 
 神に献上するものとして作らせたこれらの様々な品を、布刀玉命が恭しく両手に持っ
て、天の岩屋戸の前に捧げ置きました。
 それが終わると、天児屋命がその前に立って、日の女神天照大御神が天の岩屋戸から
お出ましになって下さるように、声高らかに祝詞ノリトを捧げました。
 このとき、高天原で一番の力持ちの天手力男神アメノタヂカラヲノカミが、天の岩屋戸の直ぐ脇
にこっそりと隠れました。
 
 こうして、全ての準備が整うと、天宇受売命アメノウズメノミコトに、舞いを舞うように命じま
した。この女神は、天の香具山に生えている柾木マサキの葛カヅラの蔓で襷タスキを掛け、更に
その蔓で髪が乱れないように頭を結び、両手には、矢張り天の香具山に生えている笹の
葉の束を手に持ちました。それから、天の香具山の前に置いた、中が空洞になっている
台の上に上がり、舞い始めました。
 天宇受売命が手を振り足を踏んで舞い出しますと、手に持っていた笹の葉がさやさや
と鳴り渡り、足の台がとどろとどろと響き渡りました。その舞いの有様は、何とも面白
く、楽しく、周りを取り囲んで見ていた八百万の神々は、声を掛け、手拍子を執って喜
び合いました。
 
 舞いが次第に激しくなり、天宇受売命はまるで神が乗り移ったようになって、着てい
る衣も乱れ、胸の乳房が顕アラハになり、裳に結んでいた紐も解けて、その紐が顕になった
陰処の処に垂れ下がり、ひらひらと揺れました。
 その舞いの楽しさ可笑オカしさに、八百万の神々は、高天原が揺れ動く程の大声を挙げ
て笑いさざめきました。
 天の岩屋戸の奥深く、姿を隠していた天照大御神は、この笑い声を聞いて、
「これは一体、どうしたことでしょう。」
と、不思議に思い、岩屋戸をそっと細目に明けて、外の様子を窺いながら、
「私が、この天の岩屋戸に隠れているからには、高天原には勿論のこと、地上の葦原の
中つ国にも、日が射さず真っ暗闇で、ひっそり静まっている筈なのに・・・・・・。それなの
に、天宇受売命が舞いを舞って楽しそうに遊んでいる。それにまた、八百万の神々も、
一緒になって笑い声を挙げている・・・・・・。一体どうしたのでしょうか。」
と、仰いました。
 
 この声を聞いた天宇受売命は、舞いを止めて、
「ここには、あなた様より貴い神様がお出でになっているのです。それで私たちは大層
喜んで、舞いを舞ったり、笑ったりして楽しんでいるのですよ。」
と、答えました。
 二人がお話している間に、天児屋命と、布刀玉命が予カネてから作っておいて、榊の木
に懸けていた八尺鏡を差し出して、天照大御神のお顔に近付けました。
 天照大御神は、その鏡に自分の顔が映っているのに気が付かず、驚き怪しみました。
 ・・・・・・そこには、天宇受売命の言う通り、貴く美しい女神が、照り輝いているではあ
りませんか・・・・・・。
 天照大御神は益々怪しんで、もう少し岩屋戸を開けて、外の様子を見ようと思われま
した。
 
 その時です。岩屋戸の直ぐ脇に隠れていた天手力男神が、岩屋戸がまた閉じられない
ように、両手に力を篭めて固く押さえますと、直ぐさま天照大御神の手を執って、岩屋
戸の外に連れ出されました。
 一方、布刀玉命は、天照大御神が再び天の岩屋戸の中に戻られないように、その岩屋
戸の前に、注連縄シメナハを張り巡らし、
「これより中には、もう二度とお戻りにならないで下さい。」
と、申し上げました。
 こうして、日の女神の天照大御神が、再びそのお姿を現したので、天上の高天原は元
より、地上の葦原の中つ国も、自ずから元のようになり、明るく輝くようになりました。
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