0802義経千本桜
 
                    参考:小学館発行「万有百科大事典」ほか
 
〈義経ヨシツネ千本桜センボンザクラ〉
「桜」
 バラ科サクラ属の落葉高木又は低木の一部の総称。同属でもウメ・モモ・アンズなどを
除く。中国大陸・ヒマラヤにも数種あるが、わが国に最も種類が多い。園芸品種が非常に
多く、春に白色・淡紅色から濃紅色の花を開く。八重咲きの品種もある。古来、花王と称
せられ、わが国の国花とし、古くは「花」と云えば桜を指した。材は均質で器具材・造船
材などとし、また、古来、版木に最適とされる。樹皮は咳止薬(桜皮仁)に用いるほか
曲物マゲモノなどに作り、花の塩漬は桜湯、葉の塩漬は桜餅に使用。また桜桃オウトウの果実は
食用にする。ヤマザクラ・ソメイヨシノ・サトザクラ・ヒガンザクラなどが普通。
 
「義経千本桜」
 浄瑠璃義太夫節。竹田出雲・三好松洛・並木千柳合作。時代物。五段。延享四年(1747
)十一月大坂竹本座初演。通称『千本桜』。平家滅亡のとき、その死を確認出来なかっ
た知盛トモモリ・維盛コレモリ・教経ノリツネの三人が再挙を図る挿話を義経失脚の事件や吉野地方に
伝わる伝説と結び付けて脚色した作品。同じくこの三人合作による『菅原伝授手習鑑』
『仮名手本忠臣蔵』と共に浄瑠璃の三大傑作と云われ、初演の翌年には歌舞伎化されて、
以来歌舞伎劇でも有数の人気演目になっている。
 
 平家滅亡後、源義経は左大臣藤原朝方トモカタから勅諚チョクジョウの名で、兄頼朝を討てとの
謎を篭めた初音の鼓を拝領する。義経はやむを得ず一生鼓を打つまいと決心するが、平
家の大将新中納言知盛・三位中将維盛・能登守教経を討ち取れなかったことと、平時忠
トキタダの娘卿キョウの君を妻にしていることから、頼朝の疑いを受け、川越太郎が上使とし
て堀河御所にやって来る。卿の君の自害により申し開きは立ったが、弁慶が鎌倉勢と衝
突したため、義経は遂に都を落ちる。 − 初段(大内 − 堀河御所=川越上使)。義経
は伏見で駆け付けた佐藤忠信タダノブに愛妾静御前と初音の鼓を預け、弁慶や四天王と共
に九州路へ向かう。 − 二段目(伏見稲荷鳥居前)。義経一行は大物浦ダイモツウラで渡海屋
トカイヤ銀平の船に乗ろうとするが、銀平こそ実は知盛で、典侍局スケノツボネと共に幼い安徳帝
を守護しているのだった。知盛は好機到来と勇んで、船幽霊の装いをして義経を襲撃す
るが、敗れて深傷を負い、幼帝を義経に託した後、碇を背負って海中に沈む。 − 同(
渡海屋・大物浦)。
 
 維盛の御台若葉内侍ワカバノナイシと子の六代君は、家臣主馬小金吾シュメノコキンゴに守られて大
和路に差し掛かったが、下市村で無頼漢いがみの権太ゴンタに金を騙カタり捕られ、その後
追手に襲われて小金吾は討死する。権太の父親である釣瓶ツルベ鮓屋ズシヤ弥左衛門ヤザエモン
は、平家の旧恩に報いるため、維盛を下男弥助として匿カクマっていたが、梶原景時カゲトキ
から維盛引き渡しを命ぜられ、身代わりに立てようと、偶々見付けた小金吾の死骸から
その首を打って帰宅する。娘お里は弥助に深く想いを寄せていたが、追手を逃れた内侍
達の来訪によって素性を知り、恋を諦めて維盛一家を落ち延びさせる。様子を立ち聞き
して、後を追った権太は、維盛の首と御台、若君を梶原に引き渡し、怒った弥左衛門に
刺されるが、実は権太は既に改心していて、小金吾の首と自分の妻子を身代わりにした
と云う真相を打ち明けて死んで行く。 − 三段目(椎の木茶屋・小金吾討死・鮓屋)。
 
 その後、義経は吉野の川連法眼カワツラホウゲンの許に身を潜めていたので、これを知った静
か御前は忠信を供に吉野へ急ぐ。 − 四段目(道行ミチユキ初音旅ハツネノタビ)。ところが、二
人が川連館ヤカタへ着くと、先にもう一人忠信が訪ねて来ている。義経の言い付けで静御前
が詮議すると、供をして来た忠信は、初音の鼓の皮に使われた古狐を慕う子狐の化身で
あることが分かる。義経はその孝心を哀れに思い、狐に源九郎ゲンクロウの名を添えて鼓を
与える。感謝した源九郎狐は、押し寄せた夜討の悪僧共を通力で翻弄し、その頭目の横
川覚範ヨガワノカクハンを能登守教経と見現す。 − 同(川連館)。教経は諸悪の張本朝方を斬
り、忠信は狐に助けられて教経を討つ。 − 五段目。
 
 落ち行く者、滅び行く者の哀れさに、狐の化身の骨肉愛も絡ませて、三大作の中でも、
『菅原』『忠臣蔵』に比べ、最も詩的情緒に富んだ作品。題名に謳われている義経は戯
曲の中では寧ろ脇役で、合戦に敗れて死んだと伝えられた平家の武将三人がそれぞれ実
は生きていたと云うところに趣向の中心がある。殊に二段目「渡海屋」から「大物浦」
にかけては、謡曲『舟フナ弁慶』の伝説を裏返し、知盛が生きていた幽霊として活躍する
場面で、重厚壮大な悲劇の中でこの趣向をはっきりと打ち出している。全遍を通じての
主人公とも言えるのは、狐が化身した忠信の役で、特に歌舞伎では「鳥居前」の荒事演
出、「道行」の華麗な舞踊形式、「川連館」の幻想味豊かな義太夫劇様式スタイルなど、変
化に富んだ演出の楽しさが堪能出来る。「道行」は今日では清元地のものが多く上演さ
れる。「川連館」は狐の出没のために大道具や衣裳にいろいろな仕掛けが工夫され、台
詞セリフにも狐詞と云う特殊な技巧があり、近世では五・六世の尾上菊五郎によって完成さ
れた詩情中心の演出の他、宙乗りを使った壮観スペクタクル演出もあり、現代では三世市川猿
之助によって演じられている。三段目の「椎の木」から「鮓屋」にかけては、写実的要
素の濃い世話場で、主人公権太の演出は、江戸っ子風の小悪党として描く菊五郎系の型
と、二・三世の実川延若によって代表される上方風の型の両方が行われ、お里・弥助その
他の役にも代々の名優の工夫によって様々の優れた型が伝わっている。
 
関連リンク 「義経千本桜(抄)」
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