0604双蝶々曲輪日記
 
                    参考:小学館発行「万有百科大事典」ほか
 
〈双蝶々フタツチョウチョウ曲輪日記クルワニッキ〉
「蝶チョウ」
 チョウ目のガ以外の昆虫の総称。翅ハネは鱗粉と鱗毛により美しい色彩を現し、1対の棍
棒状又は杓子状の触角を具える。幼虫は毛虫・青虫の類で、草木を食べて成長し、蛹サナギ
を経て成虫となる。一般に繭は作らない。種類が多く、わが国だけで約250種を数える。
胡蝶・蝶々・古名かわひらこ。
 
「双蝶々曲輪日記」
 浄瑠璃義太夫節。世話物。九段。竹田出雲・三好松洛・並木千柳合作。寛延二年(1749
)七月大坂竹本座初演。享保年間(1716〜36)に実在したと云う力士濡髪ヌレガミ長五郎を
脚色した西沢一風・田中千柳合作の浄瑠璃『昔米ムカシゴメ万石通マンゴクドオシ』(1725)に、
近松門左衛門作の『寿門松ネビキノカドマツ』(1718)に登場する山崎与次兵衛父子や傾城吾
妻アヅマを絡ませて新たに構成した作。名題の「双蝶々」は、長五郎と長吉と云う二人の
力士の名を表している。初演の翌八月には早くも歌舞伎に移された。
 
 大坂名代の力士濡髪長五郎は、恩人山崎与次兵衛の子与五郎のために奔走するが、そ
の恋人の遊女吾妻には、西国侍平岡郷左衛門ゴウザエモンが横恋慕して身請けしようとして
いる。濡髪は平岡が後援する若手力士放駒ハナレゴマ長吉との相撲に態ワザと勝ちを譲り、吾
妻身請けの延期を頼むが、放駒が承知しないので二人は喧嘩別れになる。 − 二段目(
角力場)。搗米屋ツキゴメヤの倅である放駒は、その身持の悪さを案じた姉おせきの意見に
よって改心し、濡髪とも和解して義兄弟になる。 − 四段目(米屋)。濡髪は平岡とそ
の朋輩の三原有右衛門アリエモン等が吾妻を奪おうとするのを防ぎ、平岡達四人を殺してしま
う。 − 五団目(難波芝居裏)。お尋ね者になった濡髪は、八幡ヤワタの里の実母の家に匿
カクマわれる。その家の当主は山崎家の家来筋の南ナン与兵衛で、濡髪の母は与兵衛の亡父の
後妻だった。与兵衛は親の名南方ナンボウ十次兵衛ジュウジベエを継ぎ、郷代官に任命され、
濡髪捕縛の任務を持って帰宅するが、義母の心を察し、女房お早と共に義弟を救うため
に苦心する。濡髪は覚悟を決め、母の手で引窓の縄に縛られるが、与兵衛はその縄を切
り、差し込む月影を夜明けに見立て、昼間は自分の役目ではないと言って濡髪を落とし
てやる。 − 八段目(引窓)。
 
 他に初段の「浮無瀬ウカムセ」では、新町の廓クルワで都ミヤコと云う名の遊女だったお早と笛
売りだった与兵衛が、与五郎と吾妻の恋を援助する話を描き、六段目「橋本」は与五郎
の父与次兵衛、許嫁お照の父橋本治部右衛門ジブエモン、吾妻の父駕篭屋甚兵衛と云う三人
の老父が義理立てをする話で、浄瑠璃では知られているが、歌舞伎ではあまり上演され
ない。有名なのは二段目と八段目で、「角力場」は文字通り角力場付近の情景描写と、
豪快な濡髪と気鋭の放駒と云う両力士の対照の妙味によって、短いながら見応えのある
場面。「引窓」は濡髪を取り巻く実母、与兵衛、お早の間に展開される義理と人情を細
やかに描き、引窓を枷カセに展開される舞台技巧と秋の詩情の優れた名作で、人形・歌舞伎
共に最も多く上演されている。
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