0501雷神不動北山桜
参考:小学館発行「万有百科大事典」ほか
〈雷神不動ナルカミフドウ北山桜キタヤマザクラ
「桜」
バラ科サクラ属の落葉高木又は低木の一部の総称。同属でもウメ・モモ・アンズなどを
除く。中国大陸・ヒマラヤにも数種あるが、わが国に最も種類が多い。園芸品種が非常に
多く、春に白色・淡紅色から濃紅色の花を開く。八重咲きの品種もある。古来、花王と称
せられ、わが国の国花とし、古くは「花」と云えば桜を指した。材は均質で器具材・造船
材などとし、また、古来、版木に最適とされる。樹皮は咳止薬(桜皮仁)に用いるほか
曲物マゲモノなどに作り、花の塩漬は桜湯、葉の塩漬は桜餅に使用。また桜桃オウトウの果実は
食用にする。ヤマザクラ・ソメイヨシノ・サトザクラ・ヒガンザクラなどが普通。
〈雷神不動北山桜〉
歌舞伎脚本。津打半十郎・安田蛙文アブン・中田万助合作。時代物。五幕。寛保二年(
1742)二月大坂佐渡島座で二世市川団十郎により初演。初世団十郎以来の市川家の得意
芸『鳴神ナルカミ』と『不動』に、当時京坂で流行した吸付き石(磁石)の不思議を扱った
『毛抜ケヌキ』を加え、王朝時代の宮廷騒動を背景に纏めたもの。三幕目「毛抜」、四番目
「鳴神」、大詰「不動」の三場は、その後も団十郎の家の芸として継承され、天保二年
(1831)には七世団十郎によって、それぞれ「歌舞伎十八番」の中に採り入れられた。
陽成ヨウゼイ帝の御代、天下が日照りになって民百姓の苦しみは一通りでなく、朝廷では
雨を降らせるために小野小町オノノコマチが詠んだ雨乞いの歌の短冊を小野家から取り寄せよ
うとするが、短冊は何者かのために奪われている。然も、小野家の息女錦ニシキの前マエは頭
髪が逆立つ奇病に罹り、許嫁文屋豊秀ブンヤノトヨヒデへの輿入れも延期の状態にある。豊秀
の家臣粂寺弾正クメデラダンジョウは催促の使者に来て、自分が鬚ヒゲを抜くために使った毛抜
が独りで立って踊り出したことから、天上に潜む曲者が磁石で姫の髪の櫛笄クシコウガイを引
き付けていたことを見破る。曲者を指図していたのはお家横領を狙う悪家老八剣玄蕃
ヤツルギゲンバで、弾正はこれを斬り、両家の婚儀は整う。 − (毛抜)。天下の日照りは、
北山の鳴神上人が願いの叶わぬことから朝廷を恨み、世界中の竜神を滝壺へ封じ込めた
ためだった。そこで朝廷から派遣された美女雲の絶間タエマは、色仕掛けで上人を堕落させ
る。行法が敗れたので竜神は天に上がり、雨が降る。 − (鳴神)。これらの騒動は、
天下掌握を企てる早雲王子ハヤグモノオウジが陰で糸を引いていたものだが、不動明王の霊験
によって王子は屈服する。 − (不動)。
何れも幕末以後上演は絶えていたが、明治末に二世市川左団次が復活したもの。昭和
四十二年一月国立劇場で戸部銀作脚本・演出、二世尾上松緑主演により通し上演されてい
るが、普通三場別々にに上演される。中でも『鳴神』は、能楽『一角イッカク仙人』を翻案
して初世団十郎が貞享五年(1688)に自作の『門松カドマツ四天王』で演じて以来の物語だ
が、信仰と人間の本能の葛藤と云う古今東西に通ずる主題テーマと健康的な好色エロティシズムが
喜ばれて、最も多く上演され、歌舞伎の海外公演でも屡々演目に選ばれて来た。殆ど純
粋の台詞劇と云う構成が特色で、後半、騙されたと知った鳴神が起こって絶間を追って
行く場面には荒事演出が巧みに用いられている。『毛抜』は、江戸時代に珍しい磁石と
云う科学知識を採り入れ、推理小説擬きに謎を解く趣向が異色。主役の弾正が知略縦横
で、然も愛嬌に富む人物に描かれ、毛抜の動きを見る様々な動作は錦絵的な美しさに溢
れている。
[次へ進む] [バック]