0311先代萩
 
                    参考:小学館発行「万有百科大事典」ほか
 
〈先代萩センダイハギ〉
「千代萩センダイハギ」
 マメ科の多年草。ハギとは別属。東北地方以北の海岸に自生。高さ約60p。葉は3個の
小葉から成り、小葉に似た托葉を有する。4月頃、黄色の大きな蝶形花を総状花序に配
列、花後、莢サヤを生ずる。
 
「先代萩(千代萩とも)」
 歌舞伎、人形浄瑠璃で今日『伽羅メイボク先代萩』の名題で上演される作品の通称。伊達
ダテ騒動に取材したもので、転じて同題材の戯曲の総称のようになっている。最初にこの
名題が使われたのは奈河亀輔作の歌舞伎脚本で、安永六年(1777)四月大坂中の芝居初
演。題名の由来は史上の伊達綱宗が伽羅キャラの名木で作った下駄を履いていたと云う巷説
で、「先代」によって仙台伊達藩を利かせている。翌安永七年閏七月には累カサネの怪異伝
説と結び付けた初世桜田治助・笠縫専助合作の歌舞伎脚本『伊達競ダテクラベ阿国戯場
オクニカブキ』が江戸中村座で、天明五年(1785)一月には松貫四マツカンシ・高橋武兵衛・吉田角
丸合作の浄瑠璃『伽羅先代萩』が江戸結城座で初演されたが、これらの諸作が混合して、
今日『伽羅先代萩』の名題によって上演される台本が出来上がった。役名は『伊達競阿
国戯場』のそれを殆ど用い、足利時代を背景にして、史実の伊達綱宗を足利頼兼ヨリカネ、
原田甲斐カイを仁木弾正ニッキダンジョウ、伊達安芸アキを渡辺外記左衛門と云う役名によって表
している。
 
 足利頼兼は主家横領を狙う悪人一味に花水橋ハナミズバシで襲われるが、お抱え力士絹川
谷蔵キヌガワタニゾウに救われる(花水橋)。若君鶴喜(千)代を守護する乳人メノト政岡は、悪
人方の局ツボネ八汐ヤシオのために陥れられそうになるが、局沖の井・松島の機転で助けられ
る(足利家竹の間)。管領カンレイ山名宗全ヤマナソウゼンの妻栄サカエ御前は八汐と計って鶴喜代に
毒入りの菓子を食べさせようとするが、政岡の一子千松センマツは菓子を毒見して八汐に殺
される。我が子の犠牲で若君を守り通した政岡は、後で一人千松の亡骸を抱いて悲嘆の
涙に眩クれる(同御殿)。御殿の床下を警護する忠臣荒獅子アラジシ男之助オトコノスケは、悪人
一味の連判状をくわえた大鼠を取り押さえたが、これこそ一味の首領仁木弾正が化けた
もので、男之助の鉄扇を逃れて立ち去る(同床下)。渡辺外記左衛門は仁木一味の悪事
を公儀に訴え、山名宗全の方手落ちな裁きによって敗れそうになったところを、細川勝
元カツモトの明快な裁断で勝つ(問註所対決)。仁木は最後の手段で外記を刺し、自分も討
ち取られる。深傷を負った外記は、勝元から主家安泰を知らされ安心して死ぬ(同刃傷
)。
 
 以上の六場が現行台本のほぼ定型化した場割だが、このうち「御殿」だけは義太夫狂
言の形式、他は純歌舞伎形式で、中でも「床下」は荒事演出によっている。混成脚本の
ため各場の演出形式が異なっているが、そこに俳優の意欲をそそる点もあり、女方最高
の大役と云われる政岡を始め、八汐・仁木・男之助・勝元など各役の演出が代々の名優によ
って洗練され、繰り返し演じられている。特に床下の仁木は五世松本幸四郎の生涯での
当たり役で、左眉尻の黒子ホクロ、三銀杏の紋に四つ花菱の長袴の扮装は今日まで型として
受け継がれている。また累と絹川谷蔵の物語は、今日では『薫樹メイボク累物語カサネモノガタリ
』の名題で別に上演される。
 
 『伽羅先代萩』が歌舞伎でも有数の人気狂言になったため、赤穂義士劇における『忠
臣蔵』と同じように、『先代萩』と言えば伊達騒動物の代名詞のようになった。従って
河竹黙阿弥が実録中心に書いた脚本『早苗鳥ホトトギス伊達聞書ダテノキキガキ』(1876)を普通
『実録先代萩』と呼び、騒動の裏で主人殺しの悪党小助コスケが活躍する市井の場面を描い
た作品(四世鶴屋南北原作・河竹黙阿弥改作)を『裏表ウラオモテ先代萩』と通称している。
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