030650漆工芸
 
                    参考:小学館発行「万有百科大事典」ほか
 
〈漆工芸シッコウゲイ〉
「漆ウルシ」
 @ウルシ科の落葉高木。中央アジア高原原産。高さ3m以上。樹皮は灰白色。葉は3〜9
対の小葉を持つ奇数羽状複葉。被カブれやすい。6月頃、葉腋に黄緑色の小花を多数総状
に開く。雌雄異株。果実は歪んだ扁平の核果で、10月頃成熟して黄褐色となる。果を乾
かした後搾って蝋を採り、樹皮を傷つけて生漆キウルシを採る。中国・朝鮮・日本で古くから
広く栽培され、四木三草の一。
 A上記@からから採った生漆。また、これに着色剤・油・乾燥剤を加えて製した塗料(
製漆)。生漆は乳白色の粘稠液で、空気中では褐色に変化する。その主成分はウルシオ
ール・ゴム質・ラッカーゼ(ウルシオールの酸化酵素)である。製漆は彩漆イロウルシ・梨子地
ナシジ・蒔絵用などになる。
 
「漆工芸」
 漆の樹液を用いて加工・塗装された製品である。漆は東洋の特産で、漆工芸はわが国、
中国、朝鮮、ベトナム、タイ、ビルマなどに発達し、特にわが国の漆工芸は世界的に名
高い。漆液は樹皮と材部との間から浸出する飴色がかった粘稠ネンチュウ液で、産出する地方
によって多少成分が異なり、ウルシオールを主成分とし、わが国産の漆が最も良質であ
る。漆液は単なる蒸発によって乾燥するものではなく、摂氏25〜30度、湿度75〜85%と
云う適温適湿により、ゴム質中のラッカーゼが作用して乾固する。また摂氏60度以上に
熱すると硬化する性質を失い、更に100度以上に熱すると数時間で硬化し、温度が高くな
ると硬化時間が短縮する性質がある。一旦乾固した漆は、酸やアルカリなどの薬品に侵
されず、熱や電気などの絶縁性、接着力、防腐・防湿性も強度である。
 漆の利用は非常に古くから行われ、飲食器・調度類・建築・仏像・仏具や他の美術工芸品
に用いられ、また船舶・車両・航空機などにも応用された。
 
〔製法〕
 漆の木から採取したままの漆液を生漆キウルシと云い、これを塗ると乾燥が早過ぎて光沢
も悪いので、質を均一にするためによく掻き混ぜる「なやし」と、水分を蒸発させる
「くろめ」の二工程によって精製漆を作る。更に油や顔料を混ぜてそれぞれの用途に応
じた上塗漆・下塗漆・蒔絵用漆・各種彩漆イロウルシなどを作る。
 漆工芸はその製作上素地キジ・塗り・加飾の工程に分けられる。素地には木材・竹・紙・皮
革・麻布・金属・陶磁・練り物・合成樹脂など各種が用いられる。中でも木材が最も多く用い
られ、檜・欅ケヤキ・桜・杉・楓・桐などを、板物(指物サシモノ)・刳物クリモノ・挽物ヒキモノ・曲げ物など
の方法によって形成する。竹は表皮を取り、適当の幅にして編んだものを用いるが、籃
胎ランタイと呼ばれ、タイやビルマのキンマがこれである。紙は木型に何枚も張り重ねて作
る張抜きと、木の上に紙を張って漆を塗るものとがあるが、一閑張イッカンバリとも云われ
る。皮も木型に当てて成形し、漆皮シッピと呼ばれて奈良時代に流行した。麻布を漆で張
り重ねる方法は乾漆と云い、奈良時代に塞(土偏+塞)ソク、中国では夾紵キョウチョと呼ばれ
た。陶磁に用いたものを陶漆と云い、素焼スヤキが多く用いられる。
 
 塗りの工程は製品の上下によって異なるが、原則として下地・中塗りナカヌリ・上塗の順に
行われる。下地は漆器の整形、堅牢度の増加、仕上げなどに応じて各種の方法があり、
漆下地を最上とし、その他膠ニカワ下地・渋下地・糊下地などがある。特殊な下地としては沖
縄特有の粘土に豚の血を混ぜた豚血トンケツ下地、春慶塗シュンケイヌリなどに用いられる透明下地
があり、アスファルトにテレビンを混ぜるアスファルト下地、その他松脂マツヤニ・石膏・カ
ゼインなども用いられる。中塗は上塗の効果をよくするために施すもので、上塗の種類
によって異なる。また、下地を終わって中塗を施す前には砥石で、中塗が終わってから
は木炭で研いで上塗を施す。上塗の主なものは花塗と蝋色ロイロ塗とである。花塗は塗り立
て・溜塗タメヌリとも云い、油分を含んでいる上塗漆を塗るので、そのままで光沢を発する。
蝋色塗は油分のない上塗漆を塗って乾かし、木炭で研いで摺漆スリウルシをし、種油と角粉
ツノコを付けて磨く。
 その他、春慶塗のように素地の木目を現す透明塗や変わり塗がある。変わり塗は刀の
鞘の装飾に用いられて発達したので鞘塗とも云われ、その種類は非常に多いが、基本的
なものは、漆に卵黄やゼラチンなどの粘稠材を混ぜて箆や刷毛などで文様を作る絞漆
シボウルシ法、漆に砥粉トノコを混ぜた錆を基本とする錆漆法、植物の種・実・葉を利用する法、
研出トギダシ法、型紙法、烙印ラクイン法、漆の乾かないうちに不乾性漆で描く吸上法、主と
して金属の粉を用いる粉蒔法、卵殻・貝殻・錫スズの薄板を用いる方法などが挙げられ、変
化のある効果を出している。
 
 加飾は絵画的方法・彫刻的方法・嵌装ガンソウ貼付法の三種に分けられる。絵画的方法に
は、漆で文様を描き、金属粉や色粉を蒔き付ける蒔絵、色漆で文様を描く漆絵があり、
金銀箔を膠で溶いて描く金銀泥絵や、密陀僧ミツダソウと云う乾燥剤を用いる油絵の一種の
密陀絵も、漆面に描かれたものが多い。彫刻的方法には、漆を塗り重ねた面に文様を彫
る堆朱ツイシュ・堆黒ツイコクなどの彫漆塗、漆面に文様を線刻して金を擦り込む沈金、木彫りの
上に朱漆や緑漆を塗った鎌倉彫などがある。嵌装貼付法には、貝殻を文様に切って漆面
に嵌ハめ込んだり張り付けたりする螺鈿ラデン、金属の薄板を同様にして嵌め込んだり張っ
たりする平文ヒョウモン又は平脱ヘイダツ、漆で文様を描き金箔を張る箔絵などがあり、玉・牙・
角を嵌入する方法もあり、沖縄には色漆を薄く延ばして文様に切り漆面に張る堆錦ツイキン
がある。
 
〔わが国の漆工芸〕
 縄文式晩期の漆器類が青森県三戸郡是川村(現八戸市)その他から発見され、古墳時
代の古墳副葬品の中にも漆製品がある。また、孝安天皇の代に、三見宿禰スクネが漆を発見
して用い、漆部連ヌリベノムラジの姓カバネを与えられたのが漆工の祖とされている。伝世品と
しては、法隆寺の玉虫厨子タマムシノズシが最古のものとして挙げられる。奈良時代には、唐
の優れた工芸技術や製品が輸入され、わが国漆工の基礎もほぼ確立した。技術の種類も
乾漆・漆皮・螺鈿・平文・油色・密陀絵など各種があり、正倉院宝物や法隆寺献納宝物(東京
国立博物館保管)によって、当時の優れた漆工芸の一端を知ることが出来る。平安時代
には奈良時代の各種技法の他に蒔絵法が発達し、特に後期には意匠も純日本化し、螺鈿
と併用されて独特の美しさを発揮した。また、この時代には建築にも漆工技術が応用さ
れ、平等院鳳凰堂や中尊寺金色堂はその好例として知られている。
 
 平安末期から鎌倉時代にかけては鞍クラの優作が多く見られ、特に螺鈿鞍に見るべきも
のがある。蒔絵は鎌倉時代になって基本的技法がほぼ完成し、漆工芸の主流とも云うべ
き代表的な立場を築くに至った。朱漆塗は貴重な塗りとして平安時代から行われていた
が、鎌倉・室町時代には次第に一般に普及して行った。室町時代には、中国の彫漆・沈金・
螺鈿などが唐物カラモノとして珍重され、意匠にもその影響が現れ、それを燃した堆朱・沈金
・青貝・鎌倉彫などの新技術も行われた。蒔絵師としては、幸阿弥コウアミ・五十嵐の両家が将
軍家の御用蒔絵師となり、代々業を伝えた。桃山時代は、意匠も感覚も非常に新鮮で、
近世的な装飾性を表す傾向の漆工芸が興った。代表的なものが高台寺蒔絵と呼ばれる様
式であり、南蛮漆芸と云う特異な様式も注目に値する。
 
 江戸初期に至って、近世的感覚はより洗練され、意匠も豊富で、漆工芸が一般に広く
普及するに至った。本阿弥光悦は当代を代表する一人で、独自の様式を打ち立て、江戸
中期の尾形光琳によって受け継がれた。江戸時代には京都・江戸に限らず、各藩に優れた
漆工家が輩出し、独自の作風を示して名をなした。しかし、江戸後期の漆工芸は次第に
新鮮さを失い、細工物的傾向を帯びて行った。こうした中で、印篭インロウ・根付ネツケ・鞘塗な
どは特殊な発達を見せ、技巧を凝らしたものも多く作られるようになった。また各藩が
産業を奨励し、工人を保護したので、各地方の特色を持った漆工芸が発達し、現在に及
んでいるものも少なくない。高松の象谷ゾウコク塗、加賀の蒔絵・輪島塗、飛騨・能代の春慶
塗、会津塗などはその一例である。
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