10750絵馬
 
                    参考:小学館発行「万有百科大事典」ほか
 
〈絵馬エマ〉
「馬」
 ウマ目(奇蹄キテイ類)ウマ科の獣。アジア・ヨーロッパの原産。体は大きく、顔は長く、
頭部に鬣タテガミを有し、四肢が長く第3指の蹄でよく走る。草食。シマウマなどの野生種
もあるが、家畜として重要。乗用・競馬用のサラブレッドは最も有名。他に輓馬バンバの
ペルシュロン、わが国の在来種など、20以上の品種がある。こま・むま。
 
「絵馬」
 神社・仏閣或いは田舎や町外れの小祠・小堂に、祈願又は報謝のために、馬その他の図
を描いて奉納する絵。大別して専門画家が筆を揮った扁額ヘンガク形式の大絵馬、名もなき
市井の画家や絵馬師、奉納者自身が描いた小絵馬がある。
 絵馬の起源については、神と馬との関わり合いが根源となる。古くからわが国では馬
は神の乗り物として神聖視し、神祭や祈願には宗教的儀礼としての奉幣と並んで、呪術
的儀礼として生馬献上の風があった。特に降雨祈願には黒毛の馬を、止雨祈願には白毛
の馬を丹生ニュウ川上や貴布禰(貴船)の神に献じる習わしのあったことはよく知られる。
また一方生馬に代わって絵馬形を献上する風もあった。土馬・木馬がそれであり、馬形が
簡略化し平面化したのが板立馬である。馬形・板立馬が更に簡略になって絵馬が現れた。
 
 絵馬のことが初めて記録に見えるのは、『本朝文粋』の寛弘九年(1012)六月二十五
日大江匡衡オオエノマサヒラの北野天神奉納物中に「色紙絵馬三匹」とある記事である。また同
時代の撰である『本朝法華験記』にははっきりと「板絵馬」の存在を示していて、平安
時代に既に絵馬の奉納習俗が認められる。平安末・鎌倉・南北朝の時代になると、『年中
行事絵巻』『天狗草紙』『一遍上人絵伝』『春日権現験記絵巻』『不動利益縁起』『慕
帰絵詞』などの絵巻物に絵馬奉納風景が描かれていて、絵馬の実体を知ることが出来る。
 現存遺物で紀年銘のある最古の絵馬は、奈良秋篠寺の馬図五面の断片で、応永と長禄
か長享の年号が墨書され、『天狗草紙』などに見られるのと同系の図柄・形状である。そ
れに続くものに滋賀白山神社の永享八年(1436)銘土佐監物筆三十六歌仙図、七尾大地
主神社の長禄三年(1459)銘風俗図、奈良興福寺の大永・天文・弘治・永禄・元亀・天正銘の
文殊菩薩像図、春日大社の天文・天正銘の神馬図があり、山形・岩手・福島地方にも矢張り
天文・弘治・永禄・元亀銘の神馬図がある。
 
 この時期の絵馬は、図柄の上から見ると単に馬だけでなく歌仙図・風俗図・菩薩像図と
多様になっており、技法では東北地方の神馬図のように蒔絵マキエのものが現れたし、形状
では大地主神社には扇形・団扇形と云う珍しい形のものがあるし、秋篠寺の馬図を除いて
は段々大形になっていて、従来の吊るす形式の他扁額形式のものが見られる。奉納対象
も神だけでなく仏にも及び、室町末の絵馬は「転形期の絵馬」と言える。
 大絵馬の初期のものとしては室津賀茂神社の狩野元信筆神馬図がある。天文八年(
1539)以前の作で重要文化財に指定されている。これに続くものとして厳島イツクシマ神社の
天文二十一年(1552)銘弁慶牛若丸図、山形若松観音堂の永禄六年(1563)銘郷目貞繁
筆神馬図、岐阜横蔵寺の天文年間銘舞踊図などがあり、天文頃から絵馬が益々大型化の
傾向を辿り、遂には清水寺の海北友雪カイホウユウセツ筆田村麿夷賊退治図の横三間縦二間と云
うような超大型絵馬が現れた。それは専門絵師の活躍を促し、絵馬の美術的質の向上を
もたらし、川越東照宮の岩佐又兵衛筆三十六歌仙図、清水寺の末吉船図・角倉船図・日牟
礼八幡宮の菱川孫兵衛筆安南渡海船図、厳島神社の長沢芦雪ロセツ筆山姥ヤマウバ図など、今
日重要文化財に指定されている名作も輩出し、各社寺に沢山の大絵馬が奉納され、絵馬
堂は画廊的性格を持つようにさえなった。
 
 現存絵馬堂で最古のものは慶長十三年(1608)豊臣秀頼が造営した京都北野天満宮の
絵馬堂である。江戸時代にはまた社会の風潮を反映して画題は多様化し、著名画家も筆
を揮った。中には清水寺の黄石公張良図と云う友禅染の絵馬、郡山市田村神社の曙山楼
田一筆江戸佃島南望図のように陰影法・遠近法を採り入れた洋風画法の油絵の絵馬など特
異なものも少なくない。一方、興福寺東金堂の文殊菩薩に知恵を授かり学芸上達を祈願
して上げた文殊唐獅子図絵馬に見るような、民間信仰的要素を中心としたいわゆる小絵
馬も脈々として受け継がれ、庶民の信仰する神仏の祭や縁日、年中行事の折々に、また
時を選ばず心のうちに秘めた悩みを解消するための祈願に、心を篭めて奉納された。
 その絵は簡単に町の絵馬師に描かせたり、既成のものを買ったり、奉納者自身が描い
たものが多い。それは奉納する神仏の霊験の種類によって、奉納の目的も場所も局限さ
れ、奉納者にも類型が出来ている。従って画題も変化に富み、その画題を類別すると、
馬の図、祈願の対象とする神仏の像を描いた図、祈願の対象とする神仏を象徴する持物
などを描いた図、祈願の対象とする神仏に縁故のある眷属ケンゾクの類を描いた図、祈願内
容を描いた図、祈願者自身の姿を描いた図、干支エトを描いた図、その他となる。
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