06a 茶花とは
 
〈夜会の茶花について〉
 夜会の花は昔からあまり用いていませんでしたが,利休の時代から白い花は差し支え
ないものと云われ,その理由は色そのままを観賞できるということです。
 「石州流入花覚書」には,
 
  夜会ノ花ノ事、夜ハ初入テヨシ赤キ花黄色ヲ嫌フ、白キ花ヲ入ヘシ夜会花ヲ不入ト
  云物語休師後妻宗恩月ノ影ヲ受スヤト云詩ノ心ニテ夜モ面白シト也。初入ニ入レル
  事モトヨリ待タル心ナリ、後入ニ入ルル事必定ナキ事ナリ。花ノ体モ色合モアサカ
  ナラス、夜陰ハ凋ム花多シ。
 
とある。また「津田宗及茶湯日記」には,
 
  床  かぶらなし 水仙花入
  永禄二年十月十三日暁さつまや宗忻会
 
とあるなど,白い花は赦されています。普通茶事の場合は初入に掛物を掛け,後入に花
を生けるのが順序ですが,夜会に限り初入に花を生けることを実行したものです。それ
は昔は夜道が暗く,その上徒歩か駕篭カゴであるため時間も相当かかるので,初めの初入
に花を生けたものと考えられます。しかし現今では交通の便もあるために普通の茶会の
ように後入に花を用いても別に差し支えはないでしょう。
 夜会は慌ただしい師走の冬枯れが訪れるので,夜咄の茶事を催されることが多い。夜
咄の茶事は大体12月の頃から2月にかけて厳寒のときに催されることが普通ですから,
その頃の茶花として白色のものは「椿」「白梅」「水仙」「寒木瓜カンボケ」「雪割草」な
どが用いられます。現今は照明も発達し,昼と殆ど同様の光線が夜に採り入れられてい
るので,敢えて昔の法則や規定に拠ることを避けて行くことも考えて欲しいものです。
 しかし昔のことを尊ぶ上からはその昔を偲び,約束通りにすることもまたしみじみと
親しみを感じ心を豊かにすることも無駄ではありません。茶花の代わりに水盤や,平鉢
に石菖セキショウを植えて用いることもあります。石菖は特に灯火の油煙で濁った空気を清浄
にする効果があるというのでよく用いられます。
 「宗春翁茶道聞書」の中には,
 
 一、夜の花に入様有、口伝、見様口伝、申かたき事共ある也。
 
とあってその入様のことなどは記されていませんが,要は前述の通りです。
 
〈茶花の入れ方と栽培〉
 茶花を入れるにはまず季節的に考え,またその茶花によく調和する花入などを選定す
るすることが肝要です。さて花は左手に持ち,形,向き,枝振りなどを定めてから日本
紙の小縒コヨリで花入の水際のところを見てその花を適当に結び後,綾の枝や余分の葉など
を鋏で切り落として花入に生けるのです。
 花は朝早く切ることが水揚げをするコツで,初め逆水サカミズをしておき,後で露を打つ
と花粉が乱れて傷められることがあります。水揚げの不良のものは少し切口を叩くか焼
くなどして水揚げを良くし,或いは明礬ミョウバンを用います。切口の上部は初め白紙で少
し巻き,その上を2ケ所小縒で結び,結び目は前と後に替えて結びます。しかし,あま
り手間取らぬように手早く生けるのであるが,かえって無造作に生けた方が良く,利休
も「南坊録」の中に,
 
 本意は景気を好む事厭なり。
 
と一句を述べています。
 この句は単に茶花に限らず茶道の何れにも通じる言葉でもあります。
 茶花はまた一日の茶会のときだけ保つものであれば良ろしく,何の飾り気もない床の
間の壁面に今生けたばかりの一枝の花が,その風情を見て美しいと感じるだけで茶花の
真価が窺われるのです。竹花入で一重切や二重切を用いるときは,花は上の輪よりもあ
まり出ないよう,また花の生態をよく心得ておくことも茶花の入れ方に役立つものです。
 茶会において「花所望」の小習事があります。茶会に際して客から花を貰ったとき,
或いは花入が名物か由緒あるときは亭主が自ら花を生けないて,床の間に花だけを飾り,
花台を持ち出し花と花入,鋏,日本紙,小縒を載せて置き,後入のときに正客に花を入
れて貰うことがあります。この花はそのままにして客も立ち帰るのが礼となっています。
 山野や路傍などで見付けた花などは成る可く時間をかけて深く掘り,根に土を沢山付
けたのを,土全体に水を含ませて持ち帰り,もし花だけならば切口に綿か紙を水に浸し
て包んで持ち帰り,たっぷり水を入れた容器に入れて暗い処に2時間位浸けて置くと,
水揚げの良好な花が生けられます。枝ものは概して心配は要りません。
 茶花の栽培についての花の生態によって,向陽,湿地,陰地,日陰地などを選んで生
育させます。その刈込みの時季は花によって行います。殊に難しいのは高山植物で,そ
の生態をよく極めてそれに近い施設の処へ栽培します。肥料は大体その茶花が定植して
新芽を出した頃,油滓などを少しやります。初めはなるべく肥料無しの方がよく育ちま
す。
 
〈花入について〉
 花入・花台は共に床の間などに飾る花の用器で,その床の間の形式によって飾る位置
もいろいろですが,それを大別しますと,中釘や床柱の花入釘に掛ける掛花入,床の天
井や落掛オトシガケなどに飾る釣花入,床の間の掛物や置物の前に飾る置花入などがありま
す。その形状にも書院座敷に適当なもの,茶室の小間などに適切なもの,極侘ゴクワビの
ものなどに適切なものに分けられます。その材料には金属製,陶器,磁器,竹製,篭類,
木地もの,塗物,ガラス製などがあります。
 金属には古銅,銀,鉄などが多く,形にも曽呂利,桃底,尊形,中蕪,下蕪,龍耳,
細口,魚耳,鳳凰耳,鶴首などがあります。
 陶磁器には青磁(砧,天龍寺,七官青磁などとも呼ばれています),朝鮮系焼物,南
蛮,オランダ製(紅毛ともいう)などがあり,和物には各地に産する陶器や磁器があり,
形にも馬盥バダライ,塗手桶ヌリテオケ形,瓢箪ヒョウタンなどがあります。竹の花入にはその初期
の形式と云われる送り筒の手桶形のものがあり,利休時代には寸切の尺八竹,一重切,
二重切などが作られ,次いで油筒,置筒,箆筒ヘラヅツ,酢筒スヅツ,御酒筒ミキヅツ,福禄寿,
手杵テキヌ,篝火カガリビなどがあります。これらは主として掛花入に用いられます。一重切
系でも鶴首ツルクビ,獅子口シシグチ,鮟鱇アンコウ,洞鮟鱇,円窓切,山路などがあり,置筒系
では尺八,吹貫フキヌキ,橋杭ハシグイ,稲束,浅江,三徳などがあり,二重切系では端の坊,
二重鮟鱇,窓二重,再来切,手杵,三重杵などがよく知られており,釣舟系では筒舟,
長生丸,油差,丸太舟,太鼓舟,沓舟クツブネ,鏡舟などがあります。
 篭類系では唐物と和物があり,和物では桂篭,宗全篭,蝉篭,鮎篭,鉈篭ナタカゴ,末広
篭などを多く用いますが,本来夏から秋にかけてよく用いられます。竹の花入には普通
露を打って用いられますが,同じ竹製でも篭は露を打たないことになっています。
 また古銅や陶磁器には名品は全て帛紗フクサを以て扱い,空拭きなどは禁じられており,
単に手で撫でても不可とされているものもあります。また伊賀,信楽シガラキ,備前などの
焼〆物は十分水に浸して引上げて後用います。洗手桶などの木地ものは水に浸して用い,
古銅器や陶磁器などの花入は,水を入れると露を外側に噴き出すので別に露を打たない
で用い,場合によっては水を入れないで用いることもあります。
 古銅器,陶磁器,竹花入,篭類,釣舟などの花入は茶人の好みや作者の銘もあって,
その一般的な名称もいろいろです。
 「宗春翁茶道聞書」の花入見付のことには,
 
 一、生物の分ハ高さ一尺(30.3p)の上までにし、七寸(21.2p)までに用に立也。
  それよりひろきは用ニ不立候。
 一、鐶付は蝶耳よし、其外不定耳ニからもん有ハ悪シ。
 一、金の色黒き中に青みのはしりタルハ上々也。古キ事肝要也。
 一、唐文なきはしようの物よし。唐もん有テモ物により不苦。
 一、能かねは水を入れ見申候に汗をかき申也。
 
とあって,主として花入の正面見付のことを述べ,また釣舟のことなども述べられてい
ます。
[次へ進んで下さい]