03b 京都歳時記[花鳥風月]その二
〈九月〉
△露
昨日までよそに忍びし下おぎの 末葉の露に秋風ぞ吹く(新古今集) 藤原雅経
白露シラツユに風の吹きしく秋の野は 貫き止めぬ玉ぞ散りける(後撰集) 文屋朝康
△松虫
君しのぶ草にやつるるふるさとは 松虫の音ぞかなしかりける(古今集)読人知らず
跡もなき庭のあさぢにむすぼほれ 露のそこなる松虫の声(新古今集) 式子内親王
ねざめする袖さへ寒く秋の夜の 嵐吹くなり松虫の声(新古今集) 大江嘉言
△蟋蟀キリギリス
きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに 衣かたしきひとりかもねん(新古今集)
藤原良経
きりぎりす夜寒に秋のなるままに 弱るか声の遠ざかりゆく(新古今集) 西行
△秋花
みどりなるひとつ草とぞ春は見し 秋は色々の花にぞありける(古今集)読人知らず
もも草の花のひもとく秋の野に 思ひたはれむ人なとがめそ(古今集) 読人知らず
△藤袴フジバカマ
主ヌシ知らぬかこそにほへれ秋の野に たがぬぎかけし藤ばかまぞも(古今集) 素性
ふじばかまぬしは誰とも白露の こぼれてにほふ野辺の秋風(新古今集) 公猷法師
△秋夜
かくばかりおしと思ふ夜をいたづらに ねであかすらん人さへぞうき(古今集)
凡河内躬恒
△重陽の宴(菊花の宴)
行すゑの秋をかさねて九重に 千代まてめぐれきくのさかつき(玉葉集) 新院典侍
△撫子
我のみやあはれと思はんきりぎりす 鳴く夕かげの大和撫子(古今集) 素性法師
時鳥鳴きつつ出づるあしびきの 大和撫子咲きにけらしも 大中臣能宣
△女郎花
女郎花野辺の故郷フルサト思ひいでて やどりし虫の声や恋しき(新古今集) 藤原元真
△捨扇
てもたゆくならす扇のおき所 忘るばかりに秋風ぞ吹く(新古今集) 相模
△鶉ウズラ
秋をへてあはれも露も深草の 里とふ物はうづらなりけり(新古今集) 慈円
△月
月見れば千々に物こそかなしけれ わが身ひとつの秋にはあらねど(古今集)
大江千里
秋の夜の月の光しあかければ 暗部の山もこえぬべらなり 在原元方
秋風にたなびく雲のたえまより もれいづる月の影のさやけさ(新古今集)藤原顕輔
△萩
秋萩の咲き散る野辺の夕露に ぬれつつきませ夜はふけぬとも(新古今集)
柿本人麻呂
さをしかの朝立つ野辺の秋萩に 玉とみるまでおける白露(新古今集) 大伴家持
ハギ ハギは「万葉集」の山上憶良の秋野花を詠んだものに「ハギのはな オバナ ク
ズバナ ナデシコのはな オミナエシ また フジバカマ アサガオのはな」が有名
です。京都においては御所の東側にある梨木ナシノキ神社,加茂大橋の東北にある常林寺
の境内にはハギが多い。ハギには種類が多く,庭のミヤギノハギが夏から咲きますが,
九月〜十月には京都周辺の山に野生するツクシハギやニシキハギが野にも庭にも咲き
零コボれます。古代の奈良や京都のハギはこの両者が主です。ツクシハギは,萼ガクの
裂片が鈍頭から円頭で,萼筒と等長,葉の表面の毛は早く落ちて無毛となります。ニ
シキハギは,萼の裂片が鋭頭で萼筒よりやや長く,葉の表面に小さい寝た毛がありま
す。「萩」は和字です。
△薄ススキ
今よりは植へてだに見じ花すすき 穂にいづる秋はわびしかりけり(古今集)平貞文
野辺ごとに音づれ渡る秋風を あだにもなびく花穂かな(新古今集) 八条院六条
ススキ ススキは秋草の一つ,尾花オバナのことで,秋の野原に出ますと何処にでもある
のがこの尾花です。ススキはわが国全土のほか朝鮮や中国にも広く分布しますが,中
国においては殆ど観賞しません。葉は牛馬の飼料にもなり,また屋根を葺き,これを
萱葺屋根と云います。森林を伐りますと先ずススキが生え,ススキ原を焼き払うとス
スキが栄えます。絵画にも工芸品の文様にも広く用いられます。尾花は茎の先の円錐
花序に多数の小さい花が付き,毛があって尾のように見えます。
サワギキョウ サワギキョウは京都周辺の山地の湿地には八月〜九月頃,紅紫色の美し
い花が咲きます。多年草で茎の高さ1m内外,真っ直ぐに立って分枝がなく,披針形の
葉を多数互生し,上部には密な総状花序を付けます。花は二唇形で,下唇は三中裂,
上唇は二裂します。北区深泥池ミゾロガイケでは浮島に群生して見事です。キキョウ科の
植物で,キキョウの花は放射相称,サワギキョウは左右相称です。
ヨメナ ヨメナは七月から十月まで,関西地方においては至る処に咲きます。野菊の一
種で,春には嫁菜ヨメナと云って,苗を摘んで食べます。地下茎を伸ばして殖える多年草
です。本州(中国・東海地方)・四国・九州・沖縄に産し,関東地方にはカントウヨ
メナがあります。ヨメナの花は淡青色でなかなか可愛らしい。小花の果実の冠毛は長
さ0.5o,ノコンギクの花はヨメナに似ていますが冠毛の長さは4〜6o,葉はヨメナ
よりざら付きますので区別出来ます。
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