12 新宿御苑の菊栽培の歴史
  
           新宿御苑の菊栽培の歴史     (昭和32年現在)
 
       主   要   事   項         摘    要
 
  はじめに
 
  皇室の観菊会は,明治十一年初めて東京赤坂の仮皇居で
 催されましたが,その菊は仮皇居内の丸山仕立場(現在の
 青山御所の一郭)において栽培されたものでした。
  新宿御苑が庭苑として大改造の行われつつあった明治三
 十七年から,新宿御苑でも菊の栽培が始められ,大正十四
 年迄の二十年間,丸山仕立場の補助仕立場として,観菊会
 用の菊栽培及び品種改良に重要な役割を果たしてきました。
  大正十年頃から,栽培用の各施設は順次丸山仕立場から
 新宿御苑に移設され,大正十四年からは全部新宿御苑にお
 いて栽培するようになりました。
  爾来今日まで,丸山仕立場時代からの長い変わらざる伝
 統を継承しつつ,新宿御苑の菊栽培が続けられてきました。
 
  新宿御苑の菊栽培は,昭和の初めから十年頃までが全盛
 時代で,その当時は八百種にも及ぶ,沢山の菊を栽培して
 いました。
  昭和十二年事変のため観菊会は中止されましたので,そ
 の後の菊栽培は,品種を保存することが主となり,また花
 は療養将兵御慰問のため御下賜になったとこもありました
 が,昭和十七,八頃からは品種の保存は勿論のこと親木の
 養育にも事欠くようになり,昭和二十一,二頃には品種の
 数は極度に減少しました。
 
  その後新宿御苑の復興整備に即応して,菊の品種の収集
 及び新種の作出に努め,昭和二十四年,新宿御苑が国民公
 園として公開されるに及んで,漸く四花壇を陳列するまで
 に至りました。
  爾来,年毎に品種は増加し,昭和32年現在、陳列用菊
 二千三百株,品種保存用菊二千七百株,その他の品種七百
 余種の多きに達することができました。
 
 
  新宿御苑観菊会
 
  明治時代は恒例として,観桜会は浜離宮,観菊会は赤坂
 離宮においてそれぞれ催されていました。その後大正時代
 になって,大正六年からは観桜会,遅れて昭和四年からは
 観菊会がそれぞれ新宿御苑において催されることになり,
 新宿御苑はパレスガーデンとして広く海外にも有名になり
 ました。
 
  これらの御催しは,大喪,御大典などの年を除いて毎年
 行われていましたが,昭和十二から二十三年までは戦争な
 どのため中止されていました。そして昭和二十四年,十三
 年振りに漸く四つの菊花壇が設けられ,一般に公開しまし
 た。
 
  その後菊花壇は五花壇,一参考館を設けて,昭和二十六
 年からは内閣総理大臣主催の観菊会を催すことになり,
 十一月二日の観菊会には,リッチウェイ夫妻を始め内外の
 名士が来苑されました。
 
  昭和二十八からは菊花壇の数を増やし,九花壇,一参考
 館を設けました。
  この年から宮内庁において秋の園遊会が催されることに
 なりましたので,内閣総理大臣主催の観菊会は取り止めて,
 代わって厚生大臣主催の下に観菊会を催すことになりまし
 た。
 
 
  昭和三十二年の展示花壇等の概要
 
 
  一 大菊・中菊大作り花壇
 
  木軸組立,障子屋根,よしず戸付,間口十二間,奥行
 二、一間,軒高八、五尺,面積二五、二坪の上家ウワヤに
 大菊四鉢,中菊三鉢の大作り菊を陳列しています。
 
  菊は次のように展示されます。
  左から  海辺の巌   大菊  白色   二二八輪
       桧  扇   中菊  淡紅色  二六七輪
       日暮の里   大菊  黄色   二一九輪
       みちのく山  大菊  黄色   二三二輪
       延喜楽    中菊  白色   三六七輪
       陵王     大菊  紅色   二二五輪
       長寿楽    中菊  黄色   三八六輪
 
  花壇の説明
  大作りとは,一本の株から何百という沢山の花を咲かせ
 るように仕上げたもので,これに用います菊は大菊,中菊
 のうち発育の旺盛な,かつ節間の長い分岐力に富む品種で
 なければなりません。
  この作り方で一番大切なことは,沢山の花を咲かせるこ
 とは勿論ですが,個々の花においても他の作り方のものに
 比べて枝葉,花共に遜色なく,全体の花としては開花期が
 同時で,かつ花容が揃っていなければならないことです。
  いよいよ飾り付ける時期になりますと,個々の花をこん
 もりとそして半円形に整然と結ユイ立てることになりますの
 で,この培養と結立てが新宿御苑独特の技術であります。
  このような大作りを始めたのは,中菊では明治十七年か
 ら,大菊では明治二十年からですが,その後品種も改良さ
 れ技術も向上して今日の姿態となったものです。
 
 
  二 大菊手綱植花壇
 
  木軸組立,障子屋根,よしず戸付,間口八間,奥行
 二、一間,軒高八、五尺,面積一六,八坪の上家に一本作
 りの大菊三八〇本を四〇列に植付けたものです。
 
  花壇の説明
  この花壇は,大菊の「厚物アツモノ」と「厚物走り付ハシリヅキ
 」の品種を一本仕立として,手綱タヅナ植えとしたものです。
  植付けに当たっては,最初の一列から黄,白,紅の順序
 に四十五度の角度で一列一種として植付け,その配色の美
 しさが昔の駒の手綱によく似ていますので,手綱植と呼ん
 でいます。手綱植は,明治十七年の観菊会から行われ,新
 宿御苑独特の方法です。
  この花壇は一本一本の花は勿論のこと,各列の揃った花
 容と,黄,白,紅の色彩の変化,そしてこれに調和します
 建物など,総合的な美しさを観賞していただく花壇であり
 ます。
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