04b 皇居の植物(抄)その3
 
[3]皇居の四季
 
 皇居の地は,暖帯林(常緑広葉樹林)が成立する地域の北端に近い関係で,温帯林の
要素である落葉広葉樹も多く含んでいます。そのため一年を通じて景観の推移が目立ち
ます。即ち,春は葉の先立って一斉に開く花,初夏は種類によって異なる若葉の色調,
秋には多彩で日毎に変わる紅葉,冬枯れの枝など落葉樹の示す顕著で多様に変化が,濃
淡様々な常緑樹の間に程良く現れる結果です。なお,皇居には多数の植栽品もあります
ので,前述の四季の変化に大きな役割を果たしています。
 
 一月の花はロウバイとその品種ソシンロウバイに始まります。寒い青空を背景に黄色
が一際冴えるこれらの花は,既に十二月に咲き始めますが,一月に花盛りとなります。
この時期には,氷の華とも云うべきシソ科のシモバシラの氷柱が30pから40pに達する
年があります。この現象は同科のテンニンソウ・ミカエリソウにも見られますが,氷柱
が細いので目立ちません。次いで下旬からマンサク,二月にサンシュユ,三月にアブラ
チャン・ダンコウバイ・クロモジ・シナレンギョウ・トサミズキ・ヒュウガミズキなど
が咲きますが,早春に咲く植物は花が黄色の種類が多い。ウメは白梅と艶やかな紅梅と
が植えられ,皇居の中においては東御苑の梅林坂が第一の名所です。続いてコブシが三
月下旬から四月上旬に純白の大きな花を梢一杯に着けます。一方,ヤナギ・シデ・ハン
ノキなどの類は,緑や黄色(雄蘂の花)の小さな花の集まった尾状花序を着けますが,
あまり目立たずひっそり咲いています。早春に開花する木は,何れも葉を広げる前に咲
く習性があります。この頃に咲いている常緑樹は少なく,ジンチョウゲ・アセビ・ツバ
キ類位です。ジンチョウゲの雌花(雌株)は晩春に果実が紅熟します。樹下・路傍・堤
などには,ヒメウズ・フクジュソウ・スイセン・スミレ類・カントウタンポポなどの草
本も咲き,三月下旬には草地に土筆ツクシ(スギナ)も出始め,アマナの花も盛りとなりま
す。流れにエンコウソウの群落が花を着けますと,間もなく水面にはヤマザクラの花弁
ハナビラが漂って来ます。フキノトウは一月から出始め二月に咲き出しますが,三月になり
ますと吹上御苑の雄株の大群落も花茎が伸びて賑やかになります。
 
 春は花の季節と云う言葉通り,皇居も花に包まれる処があります。サクラでは,早春
に先駆けて咲くカンザクラ,生物学研究所の窓外に濃紅色半開きの花の垂れるヒカンザ
クラ,彼岸の頃から四月にかけて優美なシダレザクラ,大池の花影を落とすエドヒガン,
上道潅濠斜面や乾門通りを飾るソメイヨシノ,大池岸の老木オオシマザクラ,新葉の色
も変化に富み広芝に多いヤマザクラ,花期の遅いカスミザクラ,華麗な八重咲きの品種
の多いサトザクラなどが続いて花を咲かせます。更にモモ・スモモ・アンズ・セイヨウ
ミザクラ・ナシなどの果樹や花木,ハナミズキ・ユリノキ・ケトチノキ・ハクウンボク
・エゴノキ・ミズキなどの庭木や野生品が思い思いに花を見せます。低木の花も賑やか
で,寄植が整然と刈り込まれた鮮やかなクルメツツジ・オオムラサキ・サツキに加え,
ミツバツツジ・キリシマなどが目も醒めるばかりです。四月下旬には,東御苑にある二
の丸跡雑木林のヤマツツジが燃えるように咲き,林の新葉に映えて見事です。菜種ナタネ梅
雨の頃,桜田濠の斜面ではカラシナが黄色の,ダイコンが淡紅色の花を咲かせます。上
道潅濠の斜面でもダイコンの大群落が春先からのどかな情景を醸し出します。乾門通り
の山吹流れに沿ってヤマブキが咲き乱れます。この流れは道潅に縁りはありませんが,
ヤマブキの故事が偲ばれます。春秋の二季に吹上御苑のバラ園は,数々の品種が妍ケンを
競います。江戸時代の面影を留める千里の薮のモウソウチク林を初めとして,他の竹林
においても筍が伸び,吹上御苑や半蔵濠・桜田濠の各斜面などにはワラビが出て来ます。
草本ではサクラソウ・シュンラン・エビネ・イカリソウ・ウラシマソウ・ノアザミ・ナ
ルコユリ・アマドコロ・ヒキノカサ・オオアラセイトウ・シャガ・アヤメ,東御苑のハ
ナショウブなどが,それぞれの栽植地や好みの場所で咲いています。
 
 晩春から初夏にかけては花は一休みして,爽やかな新緑の季節を迎えます。新緑の色
は樹種によって微妙な差異があり,混生している場合は特に美しい。この頃常緑樹も古
い葉が落ちて新葉に代わることが多いので,様々な色調の若葉が眺められる。梅雨どき
の花は白や青系統の色が多いと云われますが,その主な植物はサンゴジュ・アジサイ・
ガクアジサイ・オオバギボウシ・オカトラノオ・タイサンボクなどです。六月には宮殿
や東御苑の芝地でネジバナが,濠の斜面や草地でヤマホタルブクロやホタルブクロなど
が花を咲かせます。
 
 鬱陶しい梅雨が明けて真夏になりますと,ネムノキ・サルスベリ・ナツツバキ・キョ
ウチクトウ・ノリウツギ・ムクゲ・ノウゼンカズラなどの樹木や蔓植物,ツリフネソウ
・ホトトギス・スズラン・ウバユリ・ヤマユリ,半蔵濠斜面に大群落のあるキツネノカ
ミソリなどの草本が咲きます。ヤブミョウガの真っ白な花も盛りとなり,樹陰明るくな
ります。続いてクズの花も吹上御苑の所々で目に止まります。夏は特に水中や水辺の植
物が賑わい,中道潅濠や蓮池では,ハスの大群落が多数の葉を濠一面に広げて,七月下
旬になると花も盛りとなります。また,ヒシ・ヒメビシ・ウキクサ類が浮かび,ヒメコ
ウホネ・ミクリ・キシュウスズメノヒエ・ヨシなどの水生植物と共に濠や水流の大部分
を占めてしまいます。
 
 九月も彼岸になりますと桜田濠斜面には,ヒガンバナの大群落や散在する小群落が花
盛りになって見事です。其処には対照的なシロバナマンジュシャゲも植えられています。
秋に咲く花木は,サザンカ・ミヤギノハギ・ニシキハギ,香りの強いキンモクセイなど
がこの季節の代表です。更に秋は木の果実が熟する季節です。クリ・カキなどの果樹を
初め,イイギリ・ガマズミ・ムラサキシキブ・ムクノキ,シイ・カシ類の団栗ドングリな
ど種類が多い。草本ではキク・カモメギク・キクタニギク・リュウノウギク・ツワブキ
から,野生のユウガギク・ノコンギク・シラヤマギク・アキノキリンソウ・アキノノゲ
シなどのキク科を初めとして,ススキ・オギ・トダシバ・オガルカヤ・アブラススキそ
の他多くのイネ科,イヌタデ,水辺に生育するミゾソバ・アキノウナギツカミ・ヤノネ
グサ・ボントクタデなどのタデ科,樹陰にキンポウゲ科のサラシナショウマなどの植物
が咲き乱れます。
 
 秋の紅葉は鮮やかで,特に個体が多くその盛りが十一月下旬から十二月に及ぶイロハ
モミジは素晴らしい。中でも紅葉山を含んだ中道潅濠の斜面が,高低の変化に富む地形
と相俟って皇居随一です。また,イロハモミジに先駆けて盛りとなるドウダンツツジの
寄植も見事です。名木と巨木とを兼ねたフウとケヤキの紅葉は,一際目立つ存在です。
ケヤキの成木には黄褐色に色付く個体もあり,その差異が著しい。針葉樹ではアケボノ
スギ(メタセコイア)やタチラクウショウの橙トウ褐色葉が,朝日を浴びて輝くような光
景が美しい。乾門通りのソメイヨシノ・イロハモミジ・トウカエデ・ナツツバキなどの
並木も鮮やかに色付きます。昭和62年12月6日の紅葉時には,皇居にも雪が2p程積も
る彩りを見せましたが,このような組み合わせに巡り会うことは非常に珍しい。
 
 やがて木枯らしが吹く頃になりますと,ケヤキの葉も落ちて散らばります。この風景
や落葉掃きなどは,武蔵野の初冬の風物詩です。十二月に入りますと霜は目立ち,桑園
の葉も萎れて一斉に落ちます。この頃香りの良いソシンロウバイの花が,ロウバイの仲
間に先駆けて開き始めます。常緑樹の多い吹上御苑も,落葉樹の葉が落ちて見通しがよ
くなります。エノキやケヤキの大木の梢に,今まで気付かなかったヤドリギの小枝の塊
が見えて来ます。冬はシシガシラ(カンツバキ)の花やアオキ・カラスウリの赤い果実
が目に付きやすい。時折り寂しく咲いているビワの花も見掛けます。弱い日差しを浴び
た濠の斜面に,可憐なカントウタンポポの花が一つ二つ見られる頃は,既に春が迫って
いるのです。
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