03 皇居の植物(抄)その2
 
             皇居の植物(抄)その2
 
                        参考:保育社発行「皇居の植物」
 
〈植生〉
 
 皇居の植生は,東京湾に近い平野のうち,主として武蔵野台地に造られた城の中に発
達しました。かつては皇居の地の海が迫り,その付近はクロマツ林のある美しい海岸風
景が開けていました。天正テンショウ18年(1590)に徳川家康が江戸城に入城後,日比谷ヒビヤ
の入江や豊島の州を初めとして海が埋め立てられ,現在では海岸線が2q程離れていま
す。暖帯である皇居の辺りは,冬の寒さが厳しくなくて適度の雨量がありますので,自
然の状態ではスダジイ・タブノキ・アカガシなどの常緑広葉樹が優占するシイ − タブ
帯に属しています。
 現在,皇居においてはクロマツがよく目に付きますが,皇居前広場にもこの松が沢山
植えられています。クロマツは江戸城の時代から現在に至るまで,景観を整え美しくす
るために管理栽培されて来たものです。皇居には針葉樹のクロマツのほかに,常緑広葉
樹のスダジイ・タブノキ・クスノキ・モチノキなどや,季節によって変化が著しい落葉
広葉樹のイロハモミジ・トウカエデ・ヤマザクラ・ソメイヨシノ・サトザクラ・ケヤキ
・ムクノキ・エノキなどが多い。更に低木・草本・蔓植物などの野生種や美しい花を着
ける栽植品など多数の植物が生育しています。従って皇居は大きな緑の森に見えます。
 
 皇居には江戸時代や明治時代以降に植えられて大木となっている植物や,大木が枯れ
たので補植したものが多い。また吹上御苑には,昭和天皇が植えさせた木や草のほかに,
野生した植物も沢山あります。しかし,路上の草,木に絡む蔓,空地や庭園に侵入する
植物は適当に除かれて来ました。このように皇居は,長年に亘り管理栽培されて成立し
た植生です。
 現在までに皇居の植生を調査した報告書は,次のとおりです。ただし,年号は報告書
を提出したときではなく,調査を実施した年を記しました。
 
 1 「宮城風致考」 大正10年(1921)
 2 「皇居吹上御苑毎木調査」 昭和54年(1979)
 3 「皇居西地区毎木調査」 昭和54年(1980)
 4 「皇居東御苑毎木調査」 昭和56年(1981)
 5 「皇居内濠池水生生物調査報告書」 昭和62〜63年(1987〜8)
 
などです。そのうち1は宮内省庭苑係長市川之雄,2・3は東京大学農学部助教授井手
久登,4は千葉大学園芸学部教授高橋啓二,5は水生植物を淑徳短期大学講師大滝末男
の各氏が主として調査・執筆したものです。何れも宮内庁庭園課(1は宮内省)におい
て編集した庁外不出の調査書です。これらの報告書に基づき植生とその推移,巨木・名
木のついてある程度知ることが出来ます。例えば「宮城風致考」には明治38年(1905)
以来,吹上御苑において胸高周囲3mを超えるモミの大木が多数枯れたこと,クロマツや
スギの大木も可成り枯死したことなどが記録されています。モミやスギは大正時代に補
植されましたが,環境がその生育に適さなくなったので,現在においては著しく減少し
ています。
 
[1]樹木
 
△巨木と名木など
 皇居に散在する巨木・名木は江戸時代からの歴史を示すものも多い。樹齢は不明な木
が多いが,ケヤキ並木の巨木のように倒れた幹の年輪が測定されたり,名所の松の如く
江戸時代に植付けた年が明記されている例もあります。
 
                    ※生育樹木の一覧につきましては,このボ
                    ードの[12新宿御苑][新宿御苑の樹木]
                    をご参照下さい。
 
 イチョウ 三の丸跡の宮内庁病院の北にあるものが最も太い。この木は「宮城風致考
」には胸高周囲6.35m,高さ23mとありますが,昭和62年の調査では地上1.7mで周囲6.6m,
雌本です。この木は江戸時代の初期から存在していたと思われます。皇居外ではありま
すが,北の丸公園武道館前にある石垣に囲まれた盛り土上の雄本は,同62年には胸高周
囲が6mありました。胸高周囲1.2m以上のイチョウは吹上御苑に35本,西地区に48本,東
御苑14本,合計97本あります。イチョウは中国中部の原産で,わが国には室町時代に渡
来したと云います。
 
 イヌマキ 胸高周囲3.05mの木が吹上御所の南にありますが,吹上御所・北門跡間から
移植したものです。吹上御苑には胸高周囲30p以上の木が13本,西地区には1.2m以上の
もの9本,東御苑には30p以上のもの22本あります。須崎御用邸には野生していますが,
武蔵野には野生の記録がありませんので,皇居のものも栽植品でしょう。イヌマキは本
州中部以西の太平洋側から四国・九州・琉球,中国に分布します。
 
 カヤ 吹上御苑の寛政の滝付近にある木が,本稿の区域では最も太く胸高周囲3.2m,
「宮城風致考」にも同3.2mと記録されています。このほか吹上御苑には胸高周囲1m以上
のもの5本,西地区に8本あり,東御苑には同30p以上のものが6本あります。
若木もすくないので栽植したものでしょう。カヤは宮城県以南・四国・九州,朝鮮に分
布します。
 
 クロマツ 吹上御苑に胸高周囲30p以上のもの169本,西地区に同1.2mのもの397本,
東御苑には同30p以上のもの1158本,合計1724本が記録されています。そのうち胸高周
囲3mを超えるものは,吹上御苑に2本,西地区に1本,東御苑には存在しません。しか
し大正10年頃には,三地域にそれぞれ9本,22本,3本が記録されています。東御苑の
クロマツ27本について,大正10年と昭和57年との太さを比べますと,約60年間に年平均
13o程周囲の長さが肥大したことになります。
 吹上御苑の東北部(乾門通り筋)の「名所の松」の並木は,文政ブンセイ元年(1818)に
日本各地の松の名所から取り寄せてアカマツを含む40本の苗木を植えたものです。大正
10年に17本程残存していましたが,昭和61年には植え継いだ若い木を含めて5本を数え
るのみとなりました。クロマツは暖帯における海岸の砂地に優占し,わが国と朝鮮とに分
布します。
 
 ヒマラヤスギ わが国には明治12年(1879)頃に渡来しました。従って皇居のものは,
その当時植えられたと考えられます。原産地は西ヒマラヤからアフガニスタン東部で,
原産地においては,雨の多いわが国の比べて幹の太り方は少ない。
 
 スギ 皇居においても植えられていますが,現在は生育が悪い。
 
 アケボノスギ(メタセコイア) 皇居には吹上御苑に8本,西地区に2本植えられて
います。昭和24年10月8日に米国のラルフ・チェイニー博士から高さ37pの苗木1本と
種子500粒とが寄贈されました。吹上御苑の花蔭亭の南側に,その苗木と種子から育成し
た苗木1本とが植えられています。前者は胸高周囲1.78m,高さ20mであるのに,後者は
同2.55m,高さ21.73mに生長し,皇居に植えられたアケボノスギの中においては最も太く
なっています。なお,昭和23年に米国のメリル博士から原寛博士に贈られた種子から育
った木が小石川植物園や原邸にありますが,これがわが国に渡来した最初のものです。
アケボノスギは中国の四川省・湖北省・湖南省に分布します。
[次へ進んで下さい]