07 発酵の力で心身豊かに〈麹と日本人〉
参考:NHK人間講座「発酵は力なり」
〈麹コウジと日本人〉
お酒(いわゆる日本酒のこと。以下同じ)、焼酎ショウチュウや、味噌、醤油、味醂ミリン、米
酢、甘酒、また熟鮓ナレズシや麹漬けなどの漬物など、あらゆる食品が麹から出来ていま
す。
世界に誇る日本料理は、味噌や醤油、味醂などわが国独自の伝統的な調味料により育
まれて来た訳で、その日本の味の原点は「麹」であると云っても過言ではありません。
麹菌を培養して得た胞子を乾燥させたものを、種麹タネコウジと云います。
麹は、米や麹、大豆などの穀物から作ります。穀物を蒸して、それに種麹を付けて、
35℃位の部屋「室ムロ」で培養すると、穀物の表面に麹菌が繁殖します。これが麹で、米
から作れば米麹、麦なら麦麹、大豆なら大豆麹と云います。
麹菌はカビの一種で、糸のような菌糸を作るので糸状シジョウ菌とも云います。
麹菌によって生産される最も代表的な酵素は、澱粉分解酵素「アミラーゼ」です。ア
ミラーゼは、穀物の澱粉を分解してブドウ糖にします。また蛋白質分解酵素「プロテア
ーゼ」は、蛋白質を分解して旨味成分「アミノ酸」を作ります。他に脂肪分解酵素や繊
維素分解酵素など、麹には100種類もの酵素が入っています。
なお市販の胃腸薬には、アミラーゼやプロテアーゼなどの消化酵素「ジアスターゼ」
が添加されていますが、これらの酵素は、麹菌を液体培養して生産されたものが殆どで
す。
また、麹菌は必須アミノ酸やペプチド、ビタミン類などを作って、麹の中に蓄積して
呉れるので、麹にはとても栄養があります。
△お酒の起源
「麹」という言葉の語源を遡ると、「お酒」に行き当たります。
秋田県大館市にある池内イケナイ遺跡は約5000年前の縄文時代前期のもので、ヤマブドウ
やキイチゴ、ニワトコなどの果実の種が、植物の繊維に包まれて出土しました。
縄文時代中期の遺跡長野県井戸尻遺跡群から発掘された「有孔鍔付ユウコウツバツキ土器」に
はキイチゴやヤマブドウの種子が発見され、これらのことでその頃、果実の酒を作って
いたのではないかと考えられています。
果物を土器などに入れておくと、果物の皮に付着していた酵母の働きで、自然にアル
コール発酵が起こります。
酵母とは、出芽又は分裂することによって増殖する微生物の総称で、糖分をアルコー
ルと二酸化炭素に分解する働きを持っています。大きさは5~10ミクロンで、自然界に
沢山分布していますので、野生の酵母と糖分の多い果物(甘い物)からは、簡単に酒が
出来るのです。
前述の井戸尻遺跡や青森県風張カザハリ遺跡、三内丸山遺跡などからは、黒く焦げたパン
のような澱粉の塊が発見されました。この澱粉で、酒を作ったのではないかとも考えら
れます。澱粉をアルコール発酵させるには、まず澱粉を糖化させてブドウ糖にし、それ
を酵母でアルコール発酵させるのです。
糖化の方法として考えられるのは「口噛み」で、澱粉を口噛みで糖化させて酒を作っ
たのです。
口噛みの酒のことについては、8世紀初頭の『大隅国風土記』「くちかみの酒」の条
に、「男女一所に集まりて 米を噛みて、さかぶねに吐き入れて」と、『古事記』には
「この御酒ミキを 醸カみけむ人は その鼓ツヅミ 臼に立てて、歌ひつつ 醸みけれかも
舞ひつつ 醸みけれかも この御酒の 御酒の あやに うた楽し ささ」とあります。
一方、『播磨風土記』(713)には、「大神の御粮ミカレ沾ヌれて毎(米偏+毎)カビ生え
き すなはち酒を醸さしめて 庭酒ニワキに献りて宴ウタゲしき」と云う記述があります。こ
れは、「神様に捧げた強飯コワメシが古くなり、それが濡れてカビが生えたので、それで酒
を醸し、新酒を神に献上して酒宴を行った」と云う意味です。強飯とは蒸した米のこと
で、今のように米は炊くのではなく、蒸したものが主体でした。カビが生えたとは、米
麹が知られていたと云うことになります。
これらの事から、蒸した米にカビが生えた物を「加無太知カムタチ」又は「加牟多知カムタチ
」と呼んでいて、これには「噛む」と「カビ立ち」の両方の語源が残されています。「
カムタチ」が「カビタチ」となり、これがやがて「カムチ」になり、更に「カウチ」に
なって、その後「カウジ」へ、そして現在の「コウジ」になったのです。つまり麹の語
源は、酒作りにあると云うことです。
△餅麹と散麹
麹菌はカビの仲間ですから、湿気の多い東南アジアと東アジアには、何処にも麹は存
在しますが、アジア以外には麹はありません。なお、わが国以外のアジアの麹は、殆ど
がクモノスカビと云う種類です。
麹のことを、中国では「曲(麥偏+曲)チュイ」、台湾では「曲(米偏+曲)カ」、朝鮮
半島では「曲(麥偏+曲)子ゴツジャ」、タイでは「ルクパン」、フィリピンでは「ブボ
ット」、ネパールでは「ムルチャ」、そしてインドネシアやマレーシア、ベトナムでは
「ラギー」と呼びます。
他の国の麹は「餅麹モチコウジ」、わが国のみ「散麹バラコウジ」と云う型タイプです。
餅麹とは、麦やカオリャンなどの穀物を粉にして、水で練って餅や団子、煎餅のよう
な形にして、生のまま室でカビを繁殖させて作ります。このときのカビは、クモノスカ
ビと云う種類のカビです。
わが国の散麹は、米や小麦、大豆を粒のまま蒸し、この一粒一粒に種麹タネコウジ(麹カ
ビの胞子)を撒マいて、室に入れて麹カビを繁殖させたものです。
醸造するときの効率では餅麹型が勝っているので、麹作りが大陸からわが国に伝わっ
たとすれば、わが国の麹も餅麹型であったでしょう。しかしわが国の麹は散麹型ですの
で、わが国の麹作りは、わが国で独自に発生したものと考えられます。
餅麹と散麹とには、処理法と原料には次のような違いがあります。
穀物を蒸すと、熱によって蛋白質の一部が変性し、蛋白質分解力の弱いクモノスカビ
は増殖しにくくなりますが、蛋白質分解力の強い麹カビは逆に繁殖しやすくなります。
収穫したばかりの麦穂や稲穂からカビを分離すると、麦にはクモノスカビが、稲には
麹カビが大量に付着していることが分かります。
またわが国の田圃で、「稲麹イナコウジ」を持つ稲穂が方々で見かけます。稲の穂に黒い
玉が付いているのがそれのです。稲麹は「稲霊イナダマ」とも云い、これを指で弾ハジくと、
胞子がパッと散ります。
平安時代の『令集解リョウノシュウゲ』には、「麹子米キクシマイ」と云うもので酒麹を作ったと
云う意味の記述があります。前後の文意から判断すると、麹子米は稲麹であることが分
かります。
従ってわが国の自然界にはこのように稲麹が存在し、この稲麹からは、麹カビの仲間
が沢山分離出来ます。この麹カビが、散麹の原型であったのです。
このようなことから、わが国の「お酒」は大陸から伝わったのではなく、日本人が独
自の麹を生み出した結果、日本人好みの酒として醸し出されたものであると推察出来る
のです。
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