05 発酵の力で心身豊かに〈世界一硬い食品「鰹節」〉
 
                     参考:NHK人間講座「発酵は力なり」
 
〈世界一硬い食品「鰹節カツオブシ」〉
 
△世界一硬い食べ物
 世界一硬い食べ物ベスト3は、わが国の鰹節、中国の乾鮑カンパオ、ヨーロッパで多く見
られる干し肉です。しかし、後者の二つは、到底鰹節には叶いません。
 
 文献では、鰹節の原形は、平安時代の『延喜式』(905〜967)に出て来る「鰹魚カタウオ
」と云うものです。鰹魚とは魚の素干品スボシヒン、つまり魚を干した保存食です。
 今の鰹節のように、燻してから乾燥し、カビ付けしたのは江戸時代の延宝2年(1674
)で、『日本山海名産図会』と云う文献に、カビ付けをして鰹節を作っている様子を描
いた絵があります。
 一方、丁度その頃、オランダのレーウェンフック(1632〜1723)が初めて顕微鏡を作
ったとされています。
 このことは、わが国とオランダの両国で奇きしくも、「微生物」の働きに注目したで
あろうことが想像されます。
 
 歴史的には平安時代末期から室町時代にかけて、既にわが国には微生物のカビを売る
商いがありました。今でも全国に10軒位が、「種麹屋タネコウジヤ」として残っています。
 蒸した米に麹カビを増殖させ、暫くおいて胞子を沢山付着させ、それを絹の篩フルイで篩
って、酒屋や味噌屋、醤油屋に麹の種として売っていたのです。
 このようにカビを応用して来た経験から、鰹節にカビを付着させることは極自然の成
り行きであったでしょう。
 
△鰹節の作り方
 新鮮な鰹を三枚の下ろし、そのうちの二枚を「節」と云い、この節を煮篭ニカゴに入れ
て一度煮ます。これを冷まして身を引き締めたものがいわゆる「なまり節」で、なまり
節を骨抜きし、底が簀の子になっている木の箱にいれて重ね、下から薪を焚いて、数日
間燻イブします。この工程を「焙乾バイカン」と云い、こうすると表面は燻製になりますが、
中には未だ水分が残っています。表面がザラザラしているのでこれを「荒節アラブシ」とか
「鬼節」と云い、沖縄辺りではこれが鰹節です。
 
 荒節を舟形に整形したものが「裸節ハダカブシ」で、いよい次はカビ付けをします。裸節
を4,5間日光で乾燥させてから、カビ付け用の桶に300〜400本の裸節を入れて置きま
す。この桶は何十年も使用しているので、内部には鰹節菌が沢山棲み付いている訳です。
 鰹節菌はカビの一種で、清酒を作るときの麹カビ(アスペルギルス・オリゼー)と同種
類のカビ(アスペルギルス・ガラウカスやアスペルギルス・レペンス)です。
 桶に入れられた裸節は、7〜10日間で表面全体にビッシリとカビが生え、これを一番
カビと云います。
 カビは生きるためには水分を必要としますので、裸節の表面から水分をどんどん吸い
取って、内部を乾燥させて行く訳です。
 
 10日目当たりで裸節を一旦取り出し、刷毛で綺麗にカビを落として再び日干しし、ま
た桶に7〜10日間入れてカビを密生させます。これが二番カビです。これをもう一度繰
り返して三番カビを生えさせます。この頃になると鰹の内部の水分は吸い出されて、完
全に乾燥した状態になります。今では大体三番カビまでですが、江戸時代には五番カビ
まで付けていたと云うことです。
 烏賊イカのスルメもそうですが、乾燥すれば微生物は増殖出来ないのです。
 
△鰹の脂アブラは何処へ消えたか
 カビ付けをして鰹節があるのは、世界中でわが国だけです。
 この鰹節が何故旨いかと云うと、二番カビ〜三番カビとカビ付けを繰り返すうちに、
カビは鰹節の水分を吸い取って増殖しながら、一方では蛋白質分解酵素で鰹の蛋白質を
分解して、アミノ酸を蓄積するのです。この旨味成分の蛋白質に加えて、鰹節菌は核酸
の一種のイノシン酸と云う旨味成分をも作ります。このように発酵することによって作
られるアミノ酸とイノシン酸は互いの、その相乗効果で、鰹節は俄然旨くなるのです。
 
 保存が出来て、然も旨い。この鰹節には、更にもう一つの驚くべきことがあります。
鰹節を作る工程で、脂を除く工程はありません。
 実は鰹節作りの行われる地域は、鹿児島県枕崎辺りから、静岡県焼津〜西伊豆辺りで
す。枕崎のものは「山川節」、四国土佐辺りのものは「土佐節」と云います。焼津・西伊
豆辺りのものは「田子タッコ節」と云い、初鰹はこの辺りの小魚を食べています。
 これより北へ上がると、鰹は寒流に乗って来たプランクトンを食べるので、脂が載っ
て来ます。脂が多いと出来上がった鰹節は酸化しやすいので、鰹節には向きません。
 
 しかし鰹は脂の多い魚です。その脂は三番カビのとき、カビは大量の蛋白質分解酵素
で鰹節を美味しくしながら、同時に脂肪を分解する油脂分解酵素(リパーゼ)を出しま
す。油脂分解酵素は脂の成分を脂肪酸とグリセリンに分解し、その分解したものを鰹節
菌が食べてしまうのです。この食べることを「資化」と云い、そのために鰹節でとった
出汁ダシには脂が浮いて来ないのです。
 
 全ての外国料理の出汁・スープには、必ず脂が浮いています。
 しかし、わが国の出汁の著名なものは、昆布、椎茸、鰹節ですが、これらは何れも脂
は出ません。鰹節はわが国だけにしかない素晴らしい発酵食品であり、民族の結晶です。
脂が出ない出汁を持ったから、日本料理は繊細になり、懐石料理や精進料理など、世界
的に見て一種の哲学的な妙味を持ち、芸術的なものと評価されるのも、「鰹節の出汁」
と云う伝統技があったからこそなのです。
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