美味探訪
[けぇの汁・粥キャの汁・膾カイの汁]
 
 

 「けぇの汁」は、また「けの汁」とも呼んでいる。
 
 「けぇの汁」には、種々雑多な具の入っており、栄養満点の究極の料理である。即ち、冬期間の栄養の偏りを防ごうとするための料理であり、また、お正月だけでも炊事方(女性達)にゆっくり過ごして貰おうとする、「省力料理」でもある。
 わが国の料理は普通、面前に出されたいろいろな料理の単品を、食べる人の任意な嗜好によって取捨選択して戴くのが基本である。その常識を破って作られるのが、この「けぇの汁」である。「けぇの汁」を食べることによって、全ての栄養素がたちどころに摂取されるのである。
 ところで、西洋など牧畜を生活の基盤として発達した文化圏にあっては、一皿の中に全ての栄養素が含まれていることが原則とされる。そこで生まれた料理の一つに、「膾ナマス」がある。
 
 講談社発行「大字典」に拠ると、
膾ナマス 漢(音)クワイ(カイ)・呉(音)ケ
「細く切りたる肉」
 
 また岩波書店発行「広辞苑」に拠ると、
なます【膾・鱠】
@魚貝や獣などの生肉を細かく切ったもの
A薄く細く切った魚肉を酢に浸した食品
B大根・人参を細かく刻み、三杯酢・胡麻酢・味噌酢などで和えた料理
 
 中国から渡来した「膾」は、山での修験者乃至は寺院での修行僧によって、本来の持つ「膾」の意味が別の形で発展したのであろう。いろいろな食材を細かく切り刻んで混ぜ合わせて調理すれば、栄養が豊富となり、かつ不味い食材でも何でも食することが出来ると考え出したのではないだろうか。それが民間、特に半年以上も雪に埋もれる東北地方に恰好の料理「けぇの汁」として広まり、伝承されてきたものと思われる。
 つまり「けぇの汁」は、獣肉以外の、精進物だけしか食することの出来ない人々が行き着いた、究極の料理でもあるのである。
 
 「膾」の読み方について、考えてみたい。
 漢字の読み方には、漢音・呉音・唐音・宋音がある
 
 「広辞苑」に拠ると、
かん‐おん【漢音】
日本漢字音の一。唐代、長安(今の西安)地方で用いた標準的な発音を写したもの。遣唐使・留学生・音博士などによって奈良時代・平安初期に伝来した。「行」をカウ(コウ」、「日」をジツとする類。官府・学者は漢音を、仏家は呉音を用いることが多かった。
ご‐おん【呉音】
日本漢字音の一。古く中国の南方系の音の伝来したもの。「行」をギャウ(ギョウ)とする類。仏教用語などとして後世まで用いられるが、平安時代には、後に伝わった漢音を正音としたのに対して和音ワオンとも云った。
とう‐おん【唐音】
日本漢字音の一。宋・元・明・清の中国音を伝えたものの総称。禅僧や商人などの往来に伴って主に中国江南地方の発音が伝えられた。「行灯」をアンドン、「普請」をフシンと云う類。とういん。
そう‐おん【宋音】
日本漢字音の一。従来、唐音として一括されていた音の一部分。わが国の入宋僧又は渡来した宋僧の伝えたと云う音。実質上は唐末から元初の頃までの音で、鎌倉時代までに渡航した禅僧・商人から民間に流布した音と同一のものとされる。「行」をアン、「杜」をヅと発音する類。
 
 以上から、「膾の汁」の読み方を推察すると、
 @漢音を重んずると「膾カイの汁」となる。
 A仏家的に呉音を重んずると「けの汁」となる。
 
 
 因みに、前述のように、本来その文字の持つ意味が大きく変わってしまったものに、「羊羹ヨウカン」がある。
 
 「大字典」に拠ると、
膾羹カイコウ
なますとあつもの
 
 「広辞苑」に拠ると、
あつもの【羹】
(熱物あつものの意) 菜・肉などを入れて作った熱い吸物。
 
 「大字典」に拠ると、
羊肝ヨウカン
羊の肝キモ
羊肝は極めて美味なりと云う。羊羹の名は此より出ずと伝えられる。
 
 「広辞苑」に拠ると、
よう‐かん【羊羹】
餡・砂糖などで作る棹物菓子の一種。小麦粉などを加えて蒸し固めた蒸し羊羹、煮溶かした寒天を用いて固めた水羊羹、練り固めた練り羊羹がある。         以上
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