10c 和菓子の甘味科学
 
〈和菓子・和風甘味の楽しみ方〉
 
△和菓子に合う飲み物
 和菓子には抹茶がよく使われます。抹茶にはお薄オウス(薄茶)と濃茶とがありますが,
お薄か濃茶かで,和菓子の種類に違いがあって当然です。
 お薄は,茶全体の味が軽く,苦味,旨味共に少ないので,淡泊な甘味の菓子の方が,
茶の味に影響を与えません。あまりに甘味の強い菓子ですとお薄の味の感度を下げてし
まいます。甘味には味覚の感度を下げる"順応"と云う作用があるからです。甘味が強い
程順応作用が強く,お薄の仄かな風味を楽しめなくなります。一方,濃茶の方は味が濃
厚なので,菓子もアクセントの効いたものが良いと考えられます。
 
 和菓子は種類が多く,茶の種類によって好まれる和菓子も異なって当然です。抹茶の
ようにほろ苦味と茶の旨味を味わうには,淡泊な甘味を持った和菓子が適当ですが,み
たらし団子のように塩味の強いものは抹茶の味を損ないます。これに対し,焙じ茶は甘
味のある和菓子に合いますが,みたらし団子のような塩味系のものが更に良い味と感じ
られます。菓子そのものを味わう場合には,焙じ茶が最も味覚を損ねません。また,焙
じ茶に含まれるタンニンが味覚の疲れを治し,次に口に入れるものの味わいの感度をよ
くします。従って菓子を楽しむ場合には質の良い焙じ茶などが良いでしょう。とは云え,
和菓子は茶に合うように洗練され,発展して行った側面もあります。そのため菓子の方
が茶に味を合わせておりますので,その関係を破らないようにすることが大切です。
 
△どんな和菓子が求められるのか?
 菓子類に求められるのは,時代と共に変化する面もあります。各種の料理を多く摂取
するようになり,大型の菓子は食べ切れないと云った感じを持たれやすく,近年和菓子
の形や量が小さくなって行く傾向にあります。
 また,摂取エネルギーの少ない場合や蛋白質摂取量の低い場合,エネルギー補給に対
する欲求度が高まり,甘味の強い菓子が要求されます。しかし,蛋白質摂取量が上昇し,
他の食べ物も豊富な現代においては,淡泊な甘味の方が要求されると云う面もあります。
 なお,蛋白質摂取量と甘い食べ物の関係が深いのは,蛋白質を十分に食べた場合,血
中の血糖の保持が長く,空腹感を覚えにくいためです。また,蛋白質が充分に摂られた
場合,十分生存出来ると云う反応が身体に起こり,そのために強度の甘味を摂取する必
要がないので,淡泊な甘味に嗜好が移行するのです。
 また人間の本能として,甘いものの魅力は大きい。甘味は,其処にエネルギー源が存
在することを示します。肉体的,精神的に疲労した場合に甘いものは非常に美味しく感
じられます。成長期の子供は余分のエネルギーが必要なので,甘味嗜好が非常に強いが,
これは出産授乳と云う余分のエネルギーを必要とする期間があるためにエネルギーを高
める意味で,甘味を求めるものと考えられています。年齢が高くなりますと体力が低下
し,疲れやすくなります。従ってそのエネルギーを補うために甘味に対する嗜好が強く
なります。高齢者の場合には,食事の量が低下し,摂取エネルギーが減少しますので,
それを補う意味でも甘味の嗜好が高まるようです。
 
 一方において,人間の味覚は非常に保守的です。気候風土によって求めるものが違い,
嗜好には大きな差がありますが,古くから慣れ親しんで来た食べ物を美味しいと思う傾
向が強い。長い歴史を持つ和菓子は伝統的な味わいを持っています。従って,新しい和
菓子を簡単に作ることはなかなか困難です。苺イチゴ大福などのように果物の入った和菓
子は新しいように感じられますが,元々和菓子には柚子などの果物も使われていますの
で,それ程異質な組み合わせではありません。
 
 和菓子は今後,良質の和菓子の風味を持ったものが求められて行くものと考えられま
す。特に京都の和菓子を見れば分かるように,長い間に積み上げられた技術は簡単に変
更することは出来ません。従って,一時的に流行するような形態の和菓子ですと,いろ
いろ新しいものが考えられますが,基本的(伝統的)な和菓子については,変化がそれ
程ないものと考えてよいでしょう。和菓子の嗜好だけではなく,他の食品についても一
時的に技術開発などで合理的に作られたり,また,新しいものが作られて来ましたが,
結局元の形に戻りつつあるのが現状です。食品は各種の条件が合わさってある一つのも
のが出来上がっていますので,大きな冒険はかえって望まない方が和菓子にとっては将
来とも安定であると云えましょう。
                            (以上,原筆者河野友美氏)
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