10a 和菓子の甘味科学
△砂糖と水飴の使い分け方
甘味を付ける目的で使われるものとしては,和三盆,砂糖,水飴が利用されます。
和三盆は伝統的な砂糖であり,特有の風味があります。これが和菓子の風味の魅力に
もなっています。ただし,量産されておらず高価なため,多用することは難しい。一方
現在,最も一般的な砂糖は,前述の不純物の少ない純粋に近い蔗糖で出来ています。殆
ど無臭であり,砂糖の持つ独特の風味は利用することが出来ません。
水飴の糖分は砂糖の蔗糖とは違って,麦芽糖が主体です。麦芽糖は保湿性が強く,し
っとりとした感じを与えますので,水飴を加えますと,餡がしっかりとしますが,口に
入れたときに少し重たい感じがします。また,麦芽糖には澱粉が生の状態に戻る老化現
象を防止する働きがあります。従って,砂糖の使用料が少なめの場合,水飴を併用しま
すと餡の澱粉が老化してばさついた感じになるのを防止出来ます。ただし,水飴の量が
多くなりますと,餡がだれやすく,しっかりとした形を執りにくくなります。
また,蔗糖と麦芽糖とでは甘味度が異なります。麦芽糖は砂糖の蔗糖よりも甘味がや
や弱く,柔らかです。水飴を多く使いますと,甘味の引き締まりの少ない感じの餡にな
りやすい。そのため水飴の量は砂糖の3割程度以下に抑える必要があると思われます。
△山芋・白玉粉・道明寺粉・米粉などの選び方
山芋や米の粉などの加工品は,和菓子の材料としては,皮の仕上がりや餅の口当たり
などのように,微妙ながら美味しさを左右します。そこで選び方や使い方を主にそれら
の材料を見てみましょう。
[山芋]
山芋の粘性を見分ける方法としては,熱い味噌汁に擂り卸した山芋を匙で落として見
ます。団子状に浮き上がる状態のものなら粘性は強い。しかし,味噌汁の中で溶けて広
がってしまうようなものは腰コシが弱いので和菓子の材料としては不適当です。
このように和菓子に用いる山芋は,強い粘性を持ったものでなければなりませんが,
山芋は種類によって粘性に大きな差があります。品種としては栽培種ではヤマトイモが
適していますが,産地によっても粘性に差があります。これは土壌の違いによるもので,
粘土質の緻密な土壌が適しているようです。わが国においては兵庫県丹波地方が和菓子
に適した山芋の産地で,生産量も多い。
粘性の強い山芋は,擂り卸したときに気泡を強く抱え込み,それが加熱されたときに
膨張し,中の気体が膜を破って外に逃げません。軽羹カルカンにように,山芋の比重の大き
い菓子では,粘性の強い山芋を使った場合には,非常にソフトに柔らかく仕上がります。
[白玉粉]
白玉粉は寒晒し粉カンザラシコとも云い,以前は寒い冬の季節に糯モチ米を石臼で粉砕し,篩
いフルイ分けし,冷水を使い晒して仕上げました。現在の白玉粉は,糯米の砕米を原料とし
ますので,季節には関係なく製造されます。成分は澱粉が主であり,和菓子に適してい
るかどうかは実際に捏ねて試して見ることが必要です。信頼のおける銘柄のものを使用
することが大切です。
[道明寺粉]
糒ホシイイ(乾飯)は,ご飯を乾燥させた昔の保存食品で,水を加えて煮るか,湯を掛け
るなどして,ご飯状に戻してから食べていたと云います。粳米で作るのが一般的でした
が,平安時代からは糯米でも作られるようになります。道明寺で作られ始めたので,糯
米の糒は,単に道明寺とも呼ばれるようになりました。
さて道明寺糒は糯米を水浸し,蒸してから広げて乾燥させて,石臼で粗く搗ツきます
が,粒子の大きさで分けられています。元々は道明寺において供えた飯のお下がりを乾
燥,貯蔵したものでした。粒度の大きいものは,関西地方では桜餅の皮の材料として用
いられます。道明寺糒も原料の糯米によって出来上がりが左右されますので,実際に使
用して見て信頼出来るものを用いることが大切です。
[米粉]
粳米から作った米粉を新粉と呼びます。粳米を水洗いして臼で挽き,粉末状にし,乾
燥して仕上げます。並新粉と上新粉の2種類あり,上新粉の方が目が細かい。水で捏ね
て団子状にし,蒸かすか茹でるかした後,搗いて餅状にします。糯米の粉に比べ,粘り
は弱いが,滑らかな口当たりと歯応えがあるのが特徴です。
このほかに米から作られるものにみじん粉があります。みじん粉は糯米を蒸し上げ,
乾燥したものに少量のアンモニア水を振り掛け,更に乾燥させ,炒り上げたものです。
主として和菓子の仕上げの化粧用として用いられます。みじん粉は,特に細かくして粉
末にしたもので,ひきみじんと焼きみじんの2種類あります。この中で上菓子に用いら
れるのはひきみじんで,一旦炒ると云う手法を加えてあるためにある程度のざらつきを
持っています。
以上のような米から作った糒や粉の主体は米そのものですが,その良否は,和菓子に
仕上げたときに色が白く,特有の艶の出るものが良品です。製法は古来そのままのもの
を守ったものもありますが,多くは大量生産するために以前とは可成り異なる製法を用
いているものもあります。どのような目的で使用するかによって材料の選択をする必要
があります。
△寒天・ゼラチン・葛粉・蕨ワラビ粉の選び方
ゼリー状の固まる材料として代表的なのが,寒天とゼラチンです。寒天は海草が原料
で,弾力性がゼラチンよりも低く,そのゼリーは砕けやすい。一方,ゼラチンは蛋白質
が材料であり,ゼリー状に凝固したとき非常に粘弾性が強い。これらの特徴をうまく利
用することが必要です。
寒天には棒寒天,糸寒天,粉寒天があります。腰コシが強く,色も透明で綺麗なのが糸
寒天です。これは寒冷の外気の中で,心太トコロテンを繰り返し凍結,乾燥させて,不要な色
が完全に抜けているためです。棒寒天は形が大きいために色の抜けは十分でない場合が
ありますので注意を要しますが,風味は寒天の中で一番あります。粉寒天は機械的に冷
凍脱水して作られるもので,使用には便利ですが,寒天の中では最も腰が弱い。
葛,蕨粉は何れも澱粉です。葛は本当に上質のものは,葛の根を叩いて水で洗い出し,
沈殿を繰り返し,最後に天日で仕上げます。奈良県吉野の吉野葛が古くから作られ,質
も良い。機械的に作ったものは透明度が低く,腰も弱い。他の澱粉が混合されている場
合もありますので注意して下さい。熱湯を加え,よく練り,蒸し上げます。このときに
透明度が高いものが上質の葛粉です。
蕨粉は蕨の根から採ったものですが,量的に生産量が少ないので,本当の蕨澱粉であ
るかどうかを確認する必要があります。他の澱粉が混合されているものが多く,そのよ
うなものは菓子にしたときに腰が弱く,味も良好とは云えません。
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