10 和菓子の甘味科学
 
              和菓子の甘味科学
 
                         参考:旭屋出版発行「和菓子」
 
[和菓子甘味 味の科学・美味しさの科学]
 
〈和菓子の特徴と魅力〉
 
△和菓子の甘味はデリケート
 和菓子の魅力は,甘味のデリケートさにあります。洋菓子や中国菓子などと比較しま
すと分かりますが,甘味を微妙に味わい分けることが出来ます。この違いは脂肪分が使
われるかどうかで生まれます。和菓子の甘味がデリケートに感じられるのは,脂肪を使
わないためです。脂肪分は味覚に対し,味をストレートに感じさせない性質を持ちます。
そのため洋菓子などではバニラなどの香辛料の助けを借りて,甘味を強く感じさせるの
です。
 和菓子は砂糖の甘味の違いがはっきりと感じられますので,砂糖の種類や使い方には
可成り気を配らなければなりません。その上,和菓子の主要な材料である餡も,形や水
分,温度による溶け具合などを良くするには一定量の砂糖が必要となります。可成りの
砂糖を添加する場合が多いが,くどい甘味を感じさせてはなりません。そのために砂糖
の選別や砂糖の処理などに,昔から工夫が凝らされて来たのです。
 
 和三盆は伝統的な和菓子用の砂糖で,徳島・香川県が主産地です。仕上げ方が独特で
あり,糖密分をほぼ分離する手法として,水を加えて手で練り上げると云ったことを繰
り返します。
 さて,昔の和菓子は和三盆などの手のかかった高級な砂糖を材料とし,更にアク抜き
するなど,手間暇かけて仕上げて来ました。近年は砂糖の精製技術が向上し,ほぼ純粋
な蔗糖分のみの砂糖が作られています。あくひきを行わなくても上品な甘味を感じさせ
ることが出来ますが,微量の成分(砂糖の極微量の成分については,昔と現在とでは可
成り差があります。特に精製過程で活性炭などをふんだんに使って,極純度の高い砂糖
に作り上げていますので,現在は砂糖そのものの材料から来る僅かの風味などは全くな
いと云ってもよいでしょう)に違いがあるためか,現在の砂糖は昔の砂糖の味とは違っ
て来ており,和菓子の味わいにも影響していると考えられます。また,餡に使われる豆
類や,餅の材料の糯モチ米も品種が可成り変わって来ていますので,風味も変化している
筈です。
 昔の和菓子は可成り独特の風味を持っていたでしょうが,現在の和菓子は非常に淡泊
な感じのものとなっている可能性が強い。味の記憶は経験に頼るしかありませんので推
定する他ありませんが,和菓子の味わいは微妙に変わって来ていると云えましょう。
 
〈和菓子・甘味の材料〉
 
△美味しい餡作りのポイント
 わが国の水はほぼ全国的に軟水ですが,餡作りには超軟水は好ましくないでしょう。
と云いますのは,餡を菓子にしたときの形状によい影響を与えないからと思われます。
餡はある程度しっかりしていることが必要で,そのためには,1リットル中に10mg乃至30mg
程度のカルシウムの溶存が必要であると考えられます。これは各種の調理や食品加工或
いは飲料などから得られる数値であって,おそらく餡もこの範疇に入るものと考えられ
ます。
 さて餡の主材料は豆と砂糖です。しかし,餡全体の中で大きな比率を占めるのは水で
あり,美味しい餡作りのポイントは水の質が第一と考えてよいでしょう。豆腐や米飯の
ように水が良くないと,美味しく仕上がらない食品は多い。ご飯を炊く場合を例にしま
すと,近年大都会の水道に含まれる有機物が,色,艶ツヤ,風味などを低下させる大きな
原因となっています。有機物を殆ど除去しますと,ご飯は非常に風味良く炊き上がりま
す。米飯と同様,澱粉が主である餡も,使用する水が大きく影響することは間違いあり
ません。水の中のカルシウムなどの無機質もその影響が大きい。カルシウムはある程度
の量は必要ですが,マグネシウムが多くなりますと渋味や苦味などが感じられますし,
また,豆の蛋白質などに変化を与えますので芳しくありません。餡作りに適する水は非
常に重要であり,その水の善し悪しは経験的に選択する必要があると云えましょう。
 
 次に餡の材料の豆ですが,収穫して一年以内の新しいものが適しています。豆の組織
は一年以上経過しますと,段々堅くなり,特に蛋白質の変化などと共に味覚にとってざ
らつきを感じるようになります。また,保水性も低下しますので,餡特有のしっとりし
た感覚が失われます。なお,砂糖については純度の高い結晶の大きいものがより淡泊で,
餡に適していると考えてよいでしょう。
 
△漉し餡と粒餡の違いについて
 漉し餡は味覚に滑らかさを感じさせることが必要です。同時に,口に入れたとき口中
の体温でとろけるような条件を持つことも大切です。口中粘膜の感覚は非常に鋭く,口
に入れたとき,体温で溶解するような感覚には美味しさを強く感じます。これに対し,
口に入れて何時までも餡が唾液に馴染まない状態ですと,べたついた感じを持ち,美味
しいとは感じません。
 一方,粒餡は適度のざらつきと粒度の感覚が大切です。とは云え,豆の粒子そのもの
が硬く感じられるようでは粒餡の旨味はありません。矢張り適度な柔らかさと,口中で
の潰ツブれ具合が美味しさを支配すると云ってよいでしょう。
 
△豆類の特徴と魅力
 餡には,卵黄を加えた黄身餡,抹茶を加えた挽き茶餡などがあります。基ベースは白い
餡で,白い隠元インゲン豆が最も多い。黄身餡の場合,卵白をしっかり除く必要がありま
す。熱が加わり卵の蛋白質が凝固しますと,卵黄は滑らかですが,卵白は固まります。
それが細かい粒子状になってざらつきの原因となります。卵黄が滑らかであるのは,乳
化剤のレシチンを多量に含むからです。卵黄には脂肪が含まれており,餡の水分と溶け
合うことで滑らかに仕上げることが出来ます。挽き茶餡には抹茶を加えますが,抹茶に
は僅かに苦味とグルタミン酸系の旨味成分が含まれています。あまり多く加えますとし
つこい感じの味になり,好ましくありません。
 
 さて,餡に用いられる豆類はそれぞれ特徴のある香り,色を持っており,餡の風味に
差異が出ます。
 小豆はアズキ色の餡らしい色を持っています。この色は小豆の皮から出るもので,中
の澱粉質には小豆特有の色はありません。小豆の澱粉の粒子は豆類の中では一番小さく,
餡にしたときに口当たりが滑らかです。
 隠元豆は白餡の材料として用いられます。小豆の餡より少し腰コシがありますが,これ
は砂糖の添加量で可成り加減出来ます。隠元豆の澱粉粒子は小豆よりやや大きい。その
ため練り上げ方が不十分ですと,ざらつきが感じられます。
 豌豆エンドウ豆は緑色の美しさを生かすことが大切で,色を変化させないように扱う必要
があります。豌豆の緑は酸性に弱く,変化しやすいが,通常餡のpHが酸性になることは
少ないので心配する必要はありません。豌豆豆の澱粉は粒子が大きいため砂糖の加え方
が不十分ですと,ざらつきを感じます。
 何れの豆も,砂糖の添加量と練り上げ方に工夫を凝らすことが必要です。
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