02c 和菓子の楽しみ方「四季の移ろいを彩る菓子」
 
△七月 大暑・小暑
 河骨餅コウホネモチ
 菓銘がなければ分からない程単純化された意匠が,却カエって暑い時期には好まれたの
でしょうか。歯触りもとろけるような味わいがあります。
 河骨は沼や小川に生えるスイレン科の水草で,水面にたゆたう様子に涼を感じ,菓子
に見立てられました。
 なお,河骨の根茎は漢方薬として用いられたり,花茎は図案化して紋所に使われたり
しています。白く太い根茎が川底に揺れている様子が骨を連想させ,この名が付いたの
かも知れません。
 
 青梨アオナシ
 をふの浦に片枝さしあほひなるなしの 成りも成らずも寝て語らはむ『古今和歌集』
                               大歌所御歌 伊勢
 
 青梨とは,熟しきらない梨のことですが,菓子では,梨の瑞々しさを水羊羹製で表し
ています。
 梨は16世紀の『松屋久政茶会記』などに「アリノミ」として見え,茶会の菓子として
も用いられています。
 
△同 土用波
 杏アンズ
 白餡を餅皮で薄く包み,篦ヘラで筋を付けて可愛らしい杏の形にしたものです。
 果物を意匠とした季節菓子は沢山あり,梅,栗,柿,柚など,季節を直接的に感じ取
ることが出来ます。茲ココにもわが国の菓子の表現の魅力があります。
 
 葛焼クズヤキ
 上質の葛をやや固めに練り上げて,適当な大きさに丸め,表面に片栗粉を付けて焼い
ただけの淡泊な菓子です。見た目に如何にも涼しげな印象ですが,誰が考えたのか焼き
目を一つの風景と見立てたのでしょう。ほかにも中に餡の入ったもの,葛の中に餡を炊
き込んだもの,形も四角や丸などいろいろあります。
 葛は葛焼,葛餅,葛切りなど昔から和菓子の材料としてよく使われて来ました。奈良
県吉野で産出される葛は有名で,味,質とみ昔から良いものとされています。
 
△八月 立秋
 水羊羹
 喉越しの良さが人気の水羊羹です。小倉,栗入り,抹茶,梅,杏など風味も様々に,
彩り豊かな夏の味覚が楽しめます。
 水羊羹が登場するのは,江戸時代も半ば過ぎのことで,当初は水分の多い軟らかな羊
羹であったようです。初期の頃は人気も今一つであったようですが,現代では寒天の利
用や個別包装により,今や夏に欠かせない風物詩になっています。
 
 若葉蔭ワカバカゲ
 寒天を使った琥珀仕立ての夏の菓子です。若葉とは青楓を指し,水に浮かんだ若葉の
蔭に見え隠れする金魚の姿が,暑い夏に涼しげです。
 金魚売りの声を聞くこともなくなりましたが,夜店や池などで見る可愛らしい金魚は,
夏の詩情を感じさせるものでしょう。
 紙の網あやうくたのし金魚追ふ 篠原梵
 
△同 処暑
 半桔梗ハナキキョウ
 萩の花尾花葛花撫子の花 女郎花また藤袴朝貌アサガホの花『万葉集』山上憶良
 
 山上憶良の詠んだ秋の七草です。この朝貌が,桔梗を指すと云われるように,桔梗は
わが国の秋を代表する花の一つです。
 何処か寂しげな風情を漂わせる桔梗は文様にも好んで用いられ,和菓子の意匠にも多
く見られます。花桔梗もその一つで,端正な花の姿を型を使って美しく表現しています。
 
 撫子ナデシコ
 撫子は古くは万葉集にも詠まれ,秋の七草にも数えられる親しみのある花です。八,
九月夏の去る頃,淡紅色の花を付けます。装束の襲カサネの色目の名でもあります。
 繊細な花弁ハナビラを木型で打ち出し,白餡を淡紅色の餅皮で包みました。
 
 初秋ハツアキ
 めづらしく吹き出づる風の涼しきは けふ初秋とつぐるなるべし『宇津保物語』
 
 暑い夏も終わりを告げ,大気が澄み始める初秋は,明るさの中にも静けさや安堵を覚
える頃です。黄の栗製と黒の琥珀製を組み合わせた配色に,初秋の情景が凝縮されてい
るようです。
 栗製は,寒天と砂糖を煮溶かした液に微塵粉ミジンコを加え,栗色の色素を加えたもので
す。
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