02d 和菓子の楽しみ方「四季の移ろいを彩る菓子」
△九月 雁渡し
菊の香キクノカ
菊は,今では一年中花屋の店頭で見かけますが,矢張り秋と云えば菊を思い浮かべる
人は多いでしょう。
九月九日(陰暦)は重陽チョウヨウの節句で,菊の節句とも云われ,菊の花に真綿を薄く被
せて花の香りを露を移し,それで身を拭って老いを払い,長寿を願う「菊の被綿キセワタ」
の習慣がありました。菓子にも菊を意匠にしたものが多く,菊の香は花弁を象った饅頭
です。
豊明玉ホウメイギョク
淡い黄色に染めた白餡をたっぷりの葛で包み,茶巾に絞った葛の菓子です。さっぱり
とした風味のある味わいの中に,訪れる豊かな稔りの秋を待つ心持ちが込められていま
す。
米ヨネの花
八,九月頃,籾殻の先に弾けるように咲く白い米の花は,豊かな稔りの象徴です。青
味がかっていた一粒一粒の穂の先が次第に黄味を帯び,やがて黄金色に色付く姿を一つ
の菓子の中に作り上げています。
△同 秋分
木練柿コネリガキ
霜をけるこねりの柿はおのづから 含めば消ゆるものにぞありける『古今著聞集』
木練柿とは木になったまま熟した甘柿のことで,千利休の茶会記にも,焼栗やふのや
きと共に「菓子」として記されています。
菓子の木練柿は,白餡を包んだ求肥生地を丸め,羊羹製で蔕ヘタを付け,本物そっくり
にその愛らしさを表しています。
ささ栗
ささ栗のささとは「小さな」を意味します。羊羹製の小栗の周りに,毬イガに見立てた
そぼろを付けたものです。
栗は柿同様,初期の茶会によく用いられました。「焼栗」「栗の粉餅」などが記録に
残っています。また江戸時代には九月九日の重陽の節句に,栗餅や栗飯を食べる風習が
広まりました。重陽は菊の節句或いは栗の節句と呼ばれます。
△十月 水澄む
残月ザンゲツ
詠ナガめつゝ思ふもさびし久かたの 月の都の明け方のそら
『新古今和歌集』藤原家隆
明け方まで空に残っていた月は,残月や有明月などの名で親しまれ,歌にも数多く詠
まれています。
菓子の残月は,生姜風味の生地を焼き,餡を包んで半分に折り,擦り蜜を塗ったもの
で,残月の余情を表しています。
亥の子餅イノコモチ
陰暦十月の最初の亥の日,亥の刻を祝って亥の子餅を食べると万病を払い,長寿を保
つと云われて来ました。
これは中国から伝えられた風習で,一種の収穫祭でもあり,亥は多産であることから,
子孫繁栄の願いにも通ずる呪マジナいとして食したと云われます。
茶道においては,この日炉を開くと火災の厄から逃れられると云う言い伝えもあり,
茶人はこの日に炉を開くことが多く,茶菓子にも亥の子餅がよく用いられます。
△同 秋晴れ
蔦の細道
蔦の細道とは,何処か奥ゆかしい菓銘ですが,『伊勢物語』の宇津谷峠(静岡県)か
ら採った銘です。秋色に彩られた深い山間ヤマアイを走る一条の細い道,それは秋の静寂や
陽射しが凝縮されたような世界です。
鶉餅ウズラモチ
秋をへてあはれも露も深草の 里とふものはうづらなりけり『新古今和歌集』慈円
鶉は小さく丸みを帯びた姿が愛らしく,古くから絵画や工芸品の題材として親しまれ
ています。
鶉餅は鶉の形を模していますが,これとは別に餅の表面に焼き色を付けて鶉の羽の色
に見立てた鶉焼もあります。
△同 照葉
紅葉きんとん
この時期は山々は鮮やかな紅葉に彩られ,茶道においては名残りの月とも云われます。
菓子でも稔りや秋の自然を題材にしたものが多くなります。きんとんは色の分量の変化
により,また濃淡によって様々な風景を象徴的に表現出来るものです。
赤,黄のきんとんで,錦織りなす艶やかな紅葉の世界を菓子に表しています。
銀杏イチョウ
黄色のふやきで餡を銀杏形に包んだものです。ふやきは色,折り方によっていろいろ
の形を表します。銀杏のほかにも,赤く色を付けた皮で五つ折りにして紅葉モミジ,四つ
折りにして朝顔を表したりします。
千鳥チドリ
粒餡を白い餅皮で包み,片栗粉で粉取りして木型に入れて打ち出したものです。型で
打ち出す生菓子が出来たのは比較的新しく,江戸も末期の頃と思われます。これによっ
て形の揃ったものを大量に作ることが出来るようになったのです。
千鳥の啼く季節は何処かもの悲しさが漂います。菓子の意匠も単純に品良く仕立てら
れています。
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