02a 和菓子の楽しみ方「四季の移ろいを彩る菓子」
 
△三月 啓蟄
 八重霞ヤエガスミ
 八重霞やそ島かけて立ちにけり 千代のはじめの春の曙 千五百番歌合 藤原俊成
 
 八重霞は幾重にも立ち込める春の霞のことで,緑,紅,黄色の湿粉製を三段にして,
春の野山に棚引く霞の風情を表しています。
 色合いも柔らかに,春の心が感じられる菓子です。
 湿粉製とは,餡,糯米などを混ぜ,篩フルイで漉し,そぼろ状にして押し固めたもので
す。
 
 蕨餅ワラビモチ
 春の季節を想わせる蕨餅は,仄かな独特の香りと歯触りの腰の強さが特徴で,黄粉キナコ
と溶け合った味は野趣に富んでいます。葛と同様,蕨の根から採った澱粉で作りますが,
現在では蕨粉の生産は非常に少なくなりました。
 江戸児の『東海道名所図絵』遠江国トオトウミノクニ(静岡県)日坂の項に「このところの名
物にわらび餅を製して売るなり。・・・・・・葛の粉をまじえて蒸餅とし、豆の粉(黄粉)に
塩を和して旅人にすすむ」とあり,茲では旅人は葛餅をわらび餅と思って食べていたよ
うです。
 
△同 春分
 菱餅ヒツモチ
 三月三日の雛祭りは,中国から伝わった三月上巳ジョウシ(初めの巳の日)祓いに由来
し,平安時代の宮中においては,禊ミソギや供養をしたり,曲水キョクスイの宴が行われれまし
た。この禊行事と貴族の子女の間で広まった雛(小さな人形)の遊びとが結び付き,江
戸時代に現在のような形になったとされます。今日では雛人形を飾り,桃の花を活けて,
子女の健やかな成長をお祝いします。可愛らしい雛人形に相応しく,添えられる菓子も
色形は様々ですが,馴染み深いものと云いますと,「菱餅」と「雛霰ヒナアラレ」でしょう。
 菱餅は,かつて草餅を使い,緑・白・緑で作るもので,緑色は草餅になります。雛祭
りが祓いの節日に由来しているため,草餅には厄除けの意が込められていました。現在
の菱餅は紅・白・緑の三色が多く,紅は桃の花,白は雪,緑は草木の見立てたとも解釈
されます。
 一方の雛霰は,近代になってから広まったようで,その色合いと愛らしさが子供等に
喜ばれています。
 
 あこや
 また,関西地方の雛菓子に「あこや」があります。あこやとは,真珠の母貝として知
られるあこや貝を意味します。餡玉を抱いた形を真珠貝に喩タトエた訳ですが,ほかに「ひ
ちぎり」「いただき」の別称もあります。江戸時代後期の京都や大坂地方においては,
女子が誕生して二年目の雛祭りに,この菓子を重箱に詰め,親類知人に贈る風習があり
ました。このことから雛菓子として定着したようです。
 なお,曲水の宴とは昔,宮中や公家の邸で行われた遊宴で,参会者が曲水の流れに沿
って座し,上流から流される杯が通り過ぎる前に詩歌を詠じる遊びです。
 
△四月 風光る
 糸遊イトユウ
 一面に萌え出でた若草に,かげろう(糸遊)がゆらゆらと立ち昇る風景を表していま
す。かげろうははかないもの,あるかなきかのものの喩タトエにも使われますが,菓子では
揺れているような白い線と茶巾に絞った形に表されています。
 
 おはぎ
 春のお彼岸には牡丹ボタンの花に見立てて牡丹餅ボタモチ,秋のお彼岸には萩の花を想って
おはぎをお供えします。地域によっては名称に使い分けがありますが,おはぎも牡丹餅
も本来は同じものです。違いと云いますと,女房詞に由来するおはぎの方が少し上品か
も知れません。
 お彼岸におはぎを作り,近隣の配る風習は江戸時代にも見られます。小豆は,古来厄
除けにされたことから,先祖供養の日に結び付いたとも考えられそうです。
 
 桜餅
 遊園の春とゝのひぬ桜餅 水原秋桜子
 桜餅は,江戸の桜の名所向島の隅田川堤にある長命寺の門番が考案したと云います。
塩漬けにした桜葉の風味が良く,その後各地に広まりました。
 春に欠かせないお菓子として二月末〜四月頃まで和菓子屋の店頭を飾りますが,形や
葉の数は店によって様々です。関東地方においては小麦粉の生地,関西地方においては
道明寺ドウミョウジ製によって餡を包むなどの違いもあります。香りゆかしく,春を代表す
る菓子の一つです。
 
△同 花曇り
 花の舞
 桜の意匠を織り込んだ生菓子は数限りなくありますが,花の舞は菓銘のとおり爛漫と
咲き競う桜に見立てています。桜は咲き始めを稚児桜,花の終わりを花吹雪と呼ぶよう
に,様々な姿を見せてくれます。
 餡を薄く焼いたふやきで包んだもので,餡の甘さが皮と調和して品の良い味を醸し出
します。ふやきは,小麦粉を水で薄く溶いて鉄板で焼いたものです。
 『利休百会記』の中に「ふのやき」の名が出てきますが,これがどのような菓子であ
ったかは今では分かりません。ただ江戸時代,「助惣」と云う菓子屋が「ふのやき」を
名物菓子としていたと云われ,極素朴なものであったと思われます。
 
 笹衣ササゴロモ
 笹には防腐効果がありますので,古来食物を包む折に用いられました。和菓子では,
粽チマキや笹餅がよく知られます。
 笹衣は,黄色い道明寺製に御膳餡を包み,瑞々しい青笹で巻いたものです。その名の
とおり衣に見立てた笹の清々しさと,仄かな移り香を楽しむ菓子と云えましょう。初夏
を想わせる彩りが印象的です。
 道明寺製とは,道明寺粉(餅米を蒸してよく乾燥させ,篩いに掛け,粒を揃えたもの
)をふやかし,砂糖を入れ,蒸したものです。
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