02 和菓子の楽しみ方「四季の移ろいを彩る菓子」
 
         和菓子の楽しみ方「四季の移ろいを彩る菓子」
 
                     参考:新潮社発行「和菓子の楽しみ方」
 
〈四季の移ろいを彩る菓子〉
 
△一月 初春
 松の雪
 松の雪消えかへりつつ君がため 千年をへても我をつかへん 公任集
 
 四季を通じて緑の葉を湛える松は,変わらぬ御代の栄えと齢長久の象徴です。その吉
祥的意味合いから,松の意匠の菓子は正月や慶事によく用いられます。
 松の雪は,濃緑の求肥ギュウヒの周りに細かく砕いた白いカルメラを付け,松に積もった
雪に見立てたものです。降り積もる雪に映える松の緑は,静寂の中にも生命の力強さを
感じさせます。
 
 花びら餅
 丸い白餅に紅の菱餅を置き,甘煮にした袱紗フクサ牛蒡ゴボウと味噌餡を挟み,半月状に
折って作ります。白地に透けて見える紅色が,新年の寿ぎに相応しく,梅の花の風情を
想わせます。
 花びら餅の原形は,宮中の正月の行事食「菱葩ヒシハナビラ」で,牛蒡は新年の歯固めの祝
いに用意された押鮎の見立て,味噌餡は雑煮に因むと云われます。菓子として作られる
のは明治時代になってからのことですが,今ではすっかり新年の菓子として親しまれて
います。
 
△同 大寒・小寒
 花林ハナバヤシ
 早春の野山に,黄色い蝋梅ロウバイが咲き満ちる様を表しています。
 蝋梅は江戸時代に朝鮮から渡ってきたとされ,カラウメ,黄梅花の異名もあります。
 蝋梅の名は,花が蝋細工のような形状であるからとも,朧月ロウゲツ則ち陰暦十二月頃咲
き出すからとも云われています。
 白餡を紅色の求肥で包み,黄色の羊羹ヨウカン製に置いて,三方より中央に合わせます。
この羊羹製は,餡と小麦粉と寒梅粉を混ぜて揉み合わせたものです。
 
 寒紅梅カンコウバイ
 梅は百花の魁サキガケとして,和歌にも数多く詠まれています。寒紅梅とは厳しい寒さの
中において咲く紅梅のことで,菓子では餡を包んだ紅色の羊羹製を五つ折りにし,中央
に細かなそぼろを載せて作ります。
 その凛リンとした姿は春の訪れを告げるのに相応しく,気品に満ちています。
 
 梅一輪一輪ほどのあたゝかさ 嵐雪
 
△二月 立春
 椿餅ツバキモチ
 椿餅は『源氏物語』や『宇津保物語』に「つばいもちひ」と云う名で出て来ます。歴
史のある菓銘の餅菓子です。自然の葉で菓子を包むと云う手法のものとしては,記録の
上では柏餅や桜餅よりも古いものです。当時のものは中に餡もなく,甘葛煎アマズラセンを掛
けた,仄かな甘さだったと想われます。
 甘葛煎はわが国において最も古い自然からの甘味料で,蔦の根から採った汁と云われ,
日本各地から朝廷に献上された記録があります。砂糖のなかった時代にはその仄かな甘
味が貴重でした。
 
 早蕨サワラビ
 春浅い頃,山野に萌え出づる蕨の姿を焼印で写した織部饅頭です。早春の息吹きが伝
わって来るようです。
 和菓子全般を代表する程普遍的な名になっている饅頭には,ふくらし粉を使った饅頭,
甘酒を使った酒饅頭などがありますが,早蕨はこれとは異なり,繋ぎに山の芋を使って
蒸し上げた薯蕷ジョウヨ饅頭です。山の芋特有の香りと舌触りが特徴です。
 織部饅頭とは,武人にして茶人の古田織部が創り出した織部焼の風情を模して,緑色
と焼印により写し出した饅頭で,茶人によく好まれます。
 
△同 余寒
 千歳鮨チトセズシ
 千歳鮨とは変わった菓銘ですが,当時考案された握り鮨の人気に想を得て,長寿を願
う意の「千歳」を冠したのでしょうか。押し鮨を作るように,上下に軽く押しを掛けた
とも云われますが,由来については謎が多く,あれこれと想像したくなるお菓子です。
 餡入りの求肥生地に和三盆ワサンボン糖をまぶして作るもので,光格上皇(1771〜1840)
のお好みと伝わります。
 
 厄払ヤクハライ
 豆の粉餡を餅で包んだもので,中に豆が入っていることから,菓銘のとおり節分の厄
払いに関係があります。小豆は祝日,神祭には欠くことの出来ない食物で,悪を払う力
があると信じられ,節分には豆撒きをして,新しい春を迎える準備をします。菓子の形
も豆が盛られた枡を象カタドっています。
 
 咲分サキワケ
 咲分は鮮やかな紅白の金団キントンで,寒中に咲く紅白梅を表します。紅と白だけで清楚
で気品のある梅の花を表現し,季節も感じさせる巧みさはわが国の菓子の魅力でしょう。
 金団は四季を通じていろいろなお菓子に仕立てられますが,紅白に染め分けられてい
るものは,祝儀用として節句などにも用いられます。
 
△同 草萌え
 曙アケボノ
 曙は明け方,空がほのぼのと明るくなり始めた頃を云います。菓子の曙も,割られた
黄身餡の間から見える紅餡が朝の光を想わせ,春の華やかさを感じます。
 「春はあけぼの やうやうしろくなりゆく山ぎはすこし明かりて むらさきだちたる
 雲のほそくたなびきたる」『枕草子』清少納言
 
 草の春
 草の春は草餅として親しまれ,春を代表する菓子の一つです。蓬ヨモギ餅とも云って,
茹でた蓬を餅に搗ツき混ぜて作られますが,蓬を用いる以前はハハコグサでした。
 
 花の里心もしらず春の野に いろいろ摘める母子もちひぞ 和泉式部
 
 ハハコグサは春の七草の一つで,オギョウ(ゴギョウ=御形)のことです。かつて旧
暦三月三日の雛の節句に,疫病除けにこの草を入れた草餅を食べる習慣がありました。
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