03 天麩羅「味」の科学
 
              天麩羅「味」の科学
 
                     参考:旭屋出版発行「天ぷら・うなぎ」
 
【天麩羅テンプラの魅力】
 
〈材料の良否で味が決まる〉
 天麩羅の美味しさは、三つの要素に分けられます。一つは素材の良否,二つ目は油の
性質,三つ目は衣です。そしてこの三つの要素を総合したものとして,香りと歯触りハザ
ワリを挙げることができます。
 まず天麩羅の香りは,最も食欲を左右します。例えば香りが良くないと,しつこさや,
歯切れの悪さも感じます。
 こうした理由は,材料と油に原因があります。天麩羅では材料から出た蒸気,つまり
水分は油と馴染まないので,揚げ油の中を素通りして,香りが外に出ます。従って材料
が良くないと,良い香りは出て来ません。
 
〈油の香りが天麩羅の魅力〉
 次に天麩羅の香りの魅力として挙げられるのが,油の香りです。この香りは,油が加
熱されたときに出て来ます。
 油の化学構造は,グリセリンに脂肪酸が3個結合したものです。加熱したときに安定なも
のや,化学的に変化しやすいものなど,それぞれに特徴を持ち,化学反応の結果,風味
に差が出ます。
 特に天麩羅では,変化の異なる脂肪酸が,更に化学的に結合するなどして,特有の良
い香りを出す原因にもなっています。
 更に天麩羅はタップリの油を鍋に入れ,温度を調節しながら,油に対して少量の材料を加
熱します。油がタップリ入った状態で加熱されますと,鍋の表面以外の油は空気に触れるこ
となく高温になり,特有の香りが出て来ます。この香りをディープフライフレーバー(タップリの油
を使って食材を揚げたときに出る香り)とも呼んでいます。これが天麩羅の魅力ある香
りなのである。
 
〈天麩羅特有の歯応えの要因〉
 天麩羅の魅力の第二は,一口食べたときの,サクッとした衣の歯への感触です。そして次
に感じるソフトで風味の良い材料の味です。
 天麩羅は,材料を衣で包み,油で覆った状態で,材料の風味を逃さないように加熱さ
れます。揚げている間,材料の水分も幾らか蒸発しますが,水分の多くは衣から蒸発し
たものです。
 一方,タップリした油のない状態で加熱した場合は,材料の水分が可成り蒸発し,その際
に不要な臭いも抜けますが,油によって材料が直接強く熱せられるため,天麩羅のよう
な風味は出て来ません。
 天麩羅は衣によって保護されているため,材料は外にある高温の油の温度(衣の水分
が蒸発している間は,内側にある材料は100℃以上の温度に上がることはありません。そ
れは,水の沸点が100℃で,衣の水分の蒸発にエネルギーが奪われるためです)の影響はあま
り受けません。しかし,天麩羅を揚げ過ぎて,衣の中の水分が油と入れ替わってしまい
ますと,100℃以上の油の熱が材料に影響し,天麩羅は固くなってしまいます。例えば天
麩羅の主材料である魚介類の主成分は蛋白質で,しかもその分子は螺旋状の繊維になっ
ています。魚介類特有の歯触りは,此処からくるものです。この繊維に熱がかかると,
螺旋が収縮して堅くなります。その条件は80℃以下では緩やかで,85〜95℃以上になる
と大変強く縮みます。天麩羅では温度が高過ぎたり,揚げ時間が長過ぎたりすると,衣
の中の魚介に熱が強く加わり,繊維が堅く収縮し,歯触りも堅くなるのです。このよう
に,うっかり揚げ過ぎますと,天麩羅の感触がゴチゴチと堅くなります。
 美味しい天麩羅は,材料が衣に包まれた状態で,穏やかな加熱によって蒸された状態
になるので,柔らかく仕上がります。野菜の場合は,熱が掛かり過ぎますと柔らかく成
り過ぎますが,穏やかな加熱ですと適度な歯触りと香りが残ります。
 
〈関東と関西の天麩羅の嗜好の相違〉
 関西地方の天麩羅は衣が薄く色も淡くて,天麩羅のしつこい感じが少ない。これに対
して関東地方の,特に伝統的な江戸前の天麩羅は,衣や油の感じが濃厚です。これは,
天麩羅の種タネの違いから生まれたものでしょう。
 関西では,伝統的に白身魚の淡白な味への嗜好が強く,また香りの良い野菜も多い。
従って天麩羅でも,油の香りで材料の風味をカバーするよりも,軽い油での加熱により,
材料の持ち味を引き出した方が好まれます。
 関東の場合は,エビ,アナゴなど可成り脂肪が多く,旨味ウマミはあるが癖クセのある風味の
材料が主力であり,煎ったごまの香りのある油が,天麩羅の味全体を引き立ててきたも
のと考えられます。また小柱や小エビ,白魚のような小魚類は多くは掻き揚げにします。
掻き揚げは,材料に対して衣の占める量が多いので,これにごま油の風味付けが必要と
されたものでしょう。
 
〈最近の天麩羅の嗜好の変化〉
 最近では関東と関西の天麩羅の味が接近してきています。江戸前のこってりした衣や
煎ったごまから絞った特有の香りのある油より,関西で好まれている,ごまでも太白系
のサラダ油に近い風味の天麩羅が全国的に広がってきています。
 このことは食嗜好全体に云える変化で,軽くあっさりした,癖の少ないものが好まれ
る傾向になってきています。
 ごま油が広く使われるようになったのは,経験的にも酸化しにくく,経済性が大きい
こと,また焙煎しないで絞る太白のごま油が技術的に可能となったことなどがが考えら
れます。
 
【天麩羅調理のメカニズム】
 
〈「天麩羅調理」の特徴と利点〉
 天麩羅の調理の特徴は,油のみで加熱することにあります。油は水とは馴染まないの
で,材料から出た水分は油の中に残らないで,全て外へ出てしまいます。つまり天麩羅
は,油と云う液体の中で材料を加熱しながら,実はオーブンと同じような乾式加熱なので
す。
 オーブンと異なる点は,オーブンが気体中での加熱であり,気体を媒体とするため熱の伝わ
り方は穏やかで,放射熱によるところが大きいのに対し,天麩羅は油で茹でる,煮ると
同じような,液体中の加熱であり,加熱される材料が直接加熱媒体に触れているので,
均一に加熱が出来る,と云うところにあります。
 しかも水が媒体のときは100℃程度の加熱ですが,油ですと160〜180℃で加熱されま
す。この温度では揚げ油の変化が少なく,油自体の良い風味と,材料表面の香ばしさが
出ます。これが,油をタップリと使用する天麩羅の特徴と云って良いでしょう。
 なお油の傷みに関しては,揚げ油の温度が180℃のときの油の傷み方に対して,220℃
では2倍,240℃では3倍にもなります。
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