08 陸水散歩〈利水・治水と生態学〉
 
           陸水散歩〈利水・治水と生態学〉
 
〈水政策と生態学〉
 △治水と利水の関連
 治水は水の物理的な流通をスムースにして,水害を防ぐという本来の目的のほかに,
水の利用を容易にする面に通じ,利水は取水という本来の目的のほかに,洪水の調節に
も貢献します。その意味において多目的ダムはこの典型的な例で,洪水の調節と各種の
用水を取得する役目を果たしています。
 治水も利水もこのように共通の目的を持つとともに,その手段である作業の形態も大
規模な土木工事を特徴とします。このために関係水域の生物環境を大きく変化させ,水
産を犠牲にしたり,自然の景観や風致を破壊する場合が多いです。
 生態学を基調とした周到な調査と研究によって,関係するもの全部が調和して,より
高いペースで前進できる可能性があるのではないでしょうか。
                                                                              
〈わが国の水事情〉
 △わが国では雨が多いが水は不足している
 全土には年間に約6000億tの雨が降り,川に流れる総水量は約4000億tと見積もられま
す。しかし水の利用という点からみますと,次のような問題があります。
 ・梅雨(6月)や台風(9月)には集中し,夏(8月)と冬(12〜1月)には渇水に
なるなど,雨の降り方が平均していません。
 ・川が小さく,地勢も急なため洪水流出量が総河水量のほぼ半分に達し,日照りが少
し続くと忽ち干ばつになるなど,川の最小流量に対する最大流量の比(河況係数)が大
です。
 ・人口1人当たりの年間雨量に換算しますと6600tで,世界第10位ですが,前述の理
由で必ずしも多いとはいえません。
 ・地域によって片寄っています。例えば,大都市圏やその周辺の工業地帯で水不足が
深刻になっています。そして地下水の過剰汲み上げによる地盤沈下や海水侵入がみられ
ます。
                                                                             
〈水不足の対策〉
 この対策として次の二つが考えられます。
 △水使用の合理化
 ・水の各種の用途間の調整を図る必要があります。夏の渇水期は農業は勿論,発電,
工業,上水道などにも大量の水が必要なときです。そこで,稲作の時期をずらすことを
考える必要があります。
 ・水を再生回収して,循環使用する必要があります。
 △水資源の開発
 ・海水の淡水化:蒸留法のように海水から水を取り出す方法,イオン交換樹脂法よう
に海水から塩分を取り除く方法,海水を冷却して真水の氷をつくり,これを淡水で洗っ
て溶かす方法などがあります。1965年のコスト試算では,上水28円/tの3〜5倍もし
ますので,実用はまだ先のようです。
 ・ダムの建設:電源開発や治山治水のほか,都市や産業の発展,生活レベルの向上に
伴う水の需要急増にも応ずる多目的でかつ広域的な施設として開発されていかなければ
なりません。水の取得は一部分湖水(印幡沼,霞ケ浦,琵琶湖など)の水位調節施設の
設置でまかなわれますが,大部分はダム又は堰(丈の低いダム)の建設で目的を達しま
す。
                                                                              
〈形態が変わる川〉
 △ダムの影響
 川の勾配が急なため背水(貯水)面積が非常に小さいため,わが国のダムの貯水効率
が著しく悪いです。また堆砂によって有効貯水量が短期間で悪くなります。このために
考えられますのが,河口堰や河口湖の建設です。
 △河床の変化
 上流では土砂が溜まって河床が隆起したり,ダムの下流では土砂の流下減少や砂利採
取などによる河床が低下したりします。
 △砂利の採取と川の生物
 砂利の採掘と洗浄によって濁水の害が下流の生物相に影響を与えます。例えば,稚魚
や餌科生物の生息場所が奪われたり,アユの天然産卵場が荒廃し,産卵面積が著しく減
少することもあります。
 △河川改修の影響
 河川改修は計画洪水量によって護岸されますので,従前の淀みなど遊水する余裕が無
くなったり,土砂が堆積しますと天井川となって大きな水害を招きます。また,水源林
の荒廃,排水路,舗装道路,宅地の整備などにより,降雨が地下に浸透したり,停滞し
にくくなって,水が氾濫する危険が大きくなりました。
 △洪水と川の生物
 出水の最盛期には,多くの魚類は流れの粗い流心部を避けて,岸辺,入江,草むらや
構造物の蔭に集まります。水が引けた後の回復は,藻類が比較的早く,水生昆虫では2
〜3月を要します。
                                                                              
〈水資源の開発と自然の保持〉
 △アメリカの文明開発の行きつく点
 アメリカはこの世紀では,社会開発や文明開発の点で,世界のトップを歩いていると
考えられます。さまざまな近代的手段が大規模に進められた結果,アメリカの自然は急
ピッチで失われました。そこで最近ではアメリカ人にとっては,自然はもはや都市生活
や産業発展のためというよりは,人間生存のための不可欠の要素となっています。
 △調査研究の必要性
 各種開発にあたっては他の面(公害や自然保護など)に与える影響が致命的であれば
計画自体について,アメリカの例を他山の石とし,一方被害を受ける側においても科学
的根拠に立ったものでなければなりません。
                                                                             
〈長良川河口堰と生態学〉
 △問題の内容
 長良川河口堰の実現は,関係水域水産,例えば長良川の名産アユ,伊勢湾の良質のノ
リ,桑名の有名なハマグリなどに及ぼす影響,さらに文化的にも学問的にも天下の名川
と称された長良川の自然保持などがその論点です。しかし,例えばダムの魚道と魚のそ
上の習性など,今まで果たしてどれほどの調査や研究がなされたでしょうか。
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