08a 陸水散歩〈利水・治水と生態学〉
 
〈幼アユの生態〉
 △産卵と子アユの降海
 長良川のアユの主な産卵場は,河口から約45q上流の,流速の早い小砂利混じりの河
床です。産卵期間は9月から11月までで,9月中旬から10月中旬に大半の産卵は終わり
ます。卵期間は水温20℃で約2週間です。
 ふ化しますと直ちに川を流れて海に下ります。子アユは降下中はほとんど食物を採り
ません。身体につけた卵黄の養分に頼って,絶食のまま海に下るようです。海に出ます
と有機物やプランクトンが多くなりますので,これらが自由に採れます。
 降下中の子アユの寿命は,川の中では約1週間,海水中ではこの3〜4倍に達します。
一日も早く海に下った方が都合が良いということになります。反対に,春,海からそ上
します稚アユの寿命は,海水中では河水中よりも著しく短いです。
 △海中の稚アユ
 海に下った子アユの体長は5〜8o,卵黄を付着して,遊泳力はなく,はじめは伊勢
湾北部に分布し,次第に湾の恒流にのって南下し,湾口付近で越冬するらしいです。食
物はケンミジンコが多く,フジツボや底生動物の幼生,ミジンコなどです。体長2p程
度になりますと北上して,1月は三川(木曽川,長良川,揖斐川)河口に接近した沖合
いの水深6〜10mのところに分布し,2〜3月は河口付近や水深5m以浅の沿岸に集まり
ます。
 △稚アユのそ上
 稚アユのそ上は,3月上旬に始まり,6月下旬ないし7月上旬まで続きます。そ上は
そのときの川の水温が,稚アユの選好温度に一致するときに始まり,これに淡水選好性
と走流性がマッチしたときに盛んになります。稚アユもサケと同じように川の水質を弁
別するようです。そ上は河口部,中流部とも,流心部よりも流れが遅く餌の多いなど両
岸に沿った浅瀬を上ります。これは魚道の位置を決定する重要な基礎になります。
 稚アユの河川そ上には次の三つの条件が関係します。
 ・淡水選好性:そ上にあたって,沿岸,河口,汽水域へと移動します。このように,
塩分濃度の小さい汽水に慣れてから川のあまい水を選ぶようになります。
 ・水温選好性:川の出口付近に接岸したシラスアユは11〜15℃の低温を選びますが,
そ上を始めるようになりますと,3〜4月の河水温である20〜23℃付近の水温を選びま
す。
 ・走流性:川の流れにさかのぼる性質が出てきます。
 △そ上のよび水刺激
 そ上中の稚アユは河水の流速や流量の多いところをよく上るといわれています。河口
では,流速や流量が大きいと,海水中に打ち込まれる淡水のクサビは沖の方までゆきわ
たります。これはアユが河水に向かう淡水の化学的刺激の遠達と拡大を,また魚の行動
に刺激を与える水温の隔差を示す範囲が広くなることを意味します。
 このように流速流量の大きい流れは,そ上を強く誘起する「よび水」効果を発揮しま
すので,新しいタイプの魚餅設計の基礎になりました。
 △移動背景反応
 「まわり燈篭」のように背景を回転させ,その背景と同走反応するか,逆走するかを
観察しますと,子アユが川を下る,稚アユが川を上る,さらに彼らが群れをつくって行
動する動物心理学的な原理が分かります。
 子アユは流下するときは流れの作用が強いので強固な群れはつくれませんが,海中時
代や沿岸,河口での成群性が極めて強いです。稚アユになりますと逆走反応が強くなり,
上流に行くほど成群性は弱まります。
 △遊泳力
 体長5〜10p程度の稚アユのそ上に最も適した流れの速さは,流速と遊泳速度,泳力,
滞流時間,そ上可能距離などの水路実験や既設魚道の観察から,毎秒40〜60p程度と推
定され,ダムをつくった場合,水が魚道内をこの速度で流れていれば,100mの魚道距離
も,半数以上のアユの群れは30分以内に上りきり,残りの個体も2〜3時間後には全部
がそ上することが分かりました。
                                                                              
〈生態学の原理を生した魚道〉
 △よび水式魚道
 前述のように,稚アユの選好流速は毎秒40〜60p程度ですので,この選好流速で通水
する魚道の一部に,「よび水」効果のある高流速の流れができるような魚道が設計され
ますと,魚道の出口に遠方かつ広範囲の魚が誘引され,そ上も容易で能率の良い魚道に
なります。
 △ロックゲート式魚道
 普通の階段式魚道の幅は,川幅の4〜5%程度とされますが,これより広い魚道を設
計できないときは,ロックゲート式(閘門式)とします。水門操作は日中4回で十分で
す。
 △堰下流の流勢分布と魚道容量
 ダム(堰)の両側によび水魚道を設け,各々に内接して閘門式魚道を付属させますと,
90〜95%のそ上が期待されることが分かりました。
                                                                              
〈取水口から稚魚を守る工夫〉
 取水口から多量の稚魚が吸い込まれます。これを防ぐものとして,子アユの好む黄色
の光線で誘導させる方法,マイクロストレーナーにより浮遊物や子アユの流入を防ぐ方
法などがあります。
                                                                              
〈アユ種苗の人工生産〉
 天然アユの資源は,ダムの建設,海と川の汚れで,激減の一途をたどっています。
 生態学を基調とした魚苗の人工生産は,淡水,海水のいずれにおいても技術的に可能
となりました。
 産卵のために川を下ってくる「落ちアユ」を捕らえて,採卵授精させてふ化させます。
ふ化魚には成長とともに,餌の種類と量を変えて与え,水温,水質その他の面に生態学
的原理に立脚した細心の飼育管理を加えて130〜150日間,翌春4〜5月,体長5〜6p
の放流サイズの稚魚アユになるまで育て上げます。
                                                                             
〈河水とノリの養殖〉
 伊勢湾内では,木曽三川河口(桑名漁場),知多半島西海岸(知多漁場),三重県中
南勢漁場で良質のノリを多産します。海水中にはノリの栄養塩は特別にありませんので,
窒素と燐は主として河川から供給されます。
 長良川堰から取水することとした場合,その平均取水量は三川の平均流量時の供給量
の7%程度ですので,この分を海面に肥料散布する必要があります。
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