07 陸水散歩〈汚水と生物〉
 
            陸水散歩〈汚水と生物〉
 
〈汚水とは〉
 △汚水の定義
 汚水には火山の爆発や洪水のような天然現象によるものもありますが,現代的意義か
らしますと,主として人間活動の排泄物によって,川,湖,海が広い範囲にわたって固
有の水質を失った状態であるといえます。
 公害法の立場からは,人間活動によって広い範囲の公共水域が汚れて,人の健康や生
活環境,これと密接な関係にある動植物やその生息環境が損なわれた状態とみなします。
 学問的には汚水の実態は,水域の理学的変化であると同時に,生物現象として生物の
群集が自然のバランスを崩した状態です。
 △産業革命と水の汚染
 イギリスにおける18世紀後半の産業革命による,紡績,製鉄,ガスその他の工場から
出る工場排水は,し尿を混じた家庭下水とともに直接川に捨てられましたので,魚や動
植物はテムズ川から姿を消し,またロンドンにコレラも流行しました。さらに川の汚れ
は産業の進展と,生活レベルの向上も手伝ってイギリス全土に広がっていきました。
 △汚水の理学的水質と生物学的水質
 水汚染は第一義的には,水の理学的性質,物理的性質として,水温,濁度,色,浮遊
物質(ss),コロイド,電導度など,化学的水質として溶存酸素(DO),化学的酸素
要求量(COD),生物化学的酸素要求量(BOD),栄養塩(N,F),重金属,フ
ュノール,シアン,硫化水素,合成染剤,農薬,その他の濃度によります。
 さらに生物現象の変化や,水域の底土の状態,年間堆積底泥量と回帰量(底土表層か
ら湖水に溶けて出る物質の量)の関係なども考慮されなければなりません。
                                                                              
〈汚水と生物〉
 △汚水の生物に対する働き
 ・汚水の側の条件:金属イオンの増強毒性は,水温が高いほど,また溶存酸素が少な
いほど強いです。蛋白質はアンモニアに分解して,炭酸アンモニウムの形で存在します
が,川が汚れますとppmは飛躍的に増加します。水生動物はアンモニアの毒性に敏感で
すのが,毒性は高PHのときに強くなります。
 ・個体群と群集に対して:汚水に関する研究の基礎は生態学におかれています。
 汚水は選択的に働きます。例えばサケやマスの類は汚水に弱いので真っ先に姿を消し,
フナやコイがその後を襲います。
 ・致死作用と嫌忌作用:汚水の濃度と生物の死亡率の関係については,ミジンコやボ
ーフラなどで調べ,100%死亡率を目安としますと理解しやすいですが,50%死亡率前
後の濃度で敏感です。この濃度をTLm(Median tolerance Limit)といって,比較の
普遍的な標準として使われています。漁場などの漁獲量に及ぼす汚水の影響は,生物が
汚水を嫌って逃げ出す,あるいは近づかないときの嫌忌濃度を調べる必要があります。
 ・食物連鎖をとおして:例えば,河口付近に多発した水俣病の有力な原因は,河口か
ら数十q上流にある工場から排出された微量の有機水銀が,珪藻や昆虫を汚染し,これ
を食べるニゴイやウグイの体内で濃縮したものを患者が多食したためではないかといわ
れています。
 △汚水群集特徴
 有機物による汚染の程度によって,水域の生物学的特徴がかなり明瞭に区別できます。
 ・強腐水生物系:有機物特に蛋白,ポリペプチド,含水炭素の濃度が高いとその腐敗
分解が盛んで,硫化水素の悪臭が強く,酸素はほとんど無くなります。細菌は1mlに10
万以上を数え,なかでも廃水菌と呼ばれるミズワタ菌と硫黄バクテリアの増殖が特徴で
す。原生動物では細菌を捕食しますが,これと共生する繊毛虫,べん毛虫,アメーバの
数がml当たり1万以上を数えます。植物では珪藻,緑藻,接合藻は見られず,高等植物
も出現しません。動物ではワムシ,イトミミズ,ユスリカ幼虫は見られますが,甲殻類
や魚貝類はまったく生息しません。わが国の都会を流れている大抵の川(隅田川,道頓
堀川,堀川その他)や下水溝はみなこの区分に入ります。
 ・α中腐水生物系:還元分解のほかに,遊離酸素による酸化分解も見られます。生物
としては細菌の繁殖が依然盛んですが,その数は10万以下に減り,ミズワタがやはり多
いです。藻類ではラン藻が多いですが,珪藻,緑藻,接合藻も出てきます。原虫では細
菌捕食性の繊毛虫,べん毛虫が多いです。動物ではイトミミズ,ヒル,ミズムシ,ミズ
バエ,ユスリカ,ドブシジミ,魚類ではコイ,フナ,ナマズ,ウナギが見られます。と
きには酸素の欠乏や硫化水素による大量の魚死をみることがあります。川の入江,養魚
の池,水田地番の池や堀,有機排水の流入点から一定距離離れた下流の川にこの区分の
状態がみられます。
 ・β中腐水生物系:酸化が進んで有機物は大抵無機化します。細菌は1万以下に減り
ますが,動物では太陽虫,吸管虫,渦べん毛虫,海綿,ヒドラ,コケムシ,腹足類,甲
殻類,昆虫類,魚類などの種類と個体数が多くなります。藻類では珪藻,緑藻,接合藻
が多く,ツヅミモはこの系の特徴種です。高等植物も多くなります。この区域になりま
すと,生物のPHや酸素の変動あるいは腐敗産物に対する抵抗力は非常に小さくなりま
す。普通の平地の川や湖はこの系に属します。
 ・貧腐水生物系:水清く,酸素に富み酸化力が強いです。細菌は1000以下,原虫,藻
類は減少,反対に清水昆虫群集(カワゲラ,トビゲワ,カゲロウなど)の繁栄が顕著で
す。いずれも汚水条件に弱いです。山の渓流,山間の湖沼はこの例です。
[次へ進んで下さい]