06 陸水散歩〈環境・生物・生態系〉
 
          陸水散歩〈環境・生物・生態系〉
 
〈環境は生物中心的にできている〉
 ダーウィンは生物進化の要因として淘汰ということを考え,環境に適した形や性質を
備えたものだけが残されて,現代の生物に及びましたと説きました。それを受けて1912
年アメリカの血液学者ヘンダーソンは,それはそのとおりですが,その前に考えなけれ
ばならないことは,実は環境そのものは生物の生存に対して都合よくできているという
「環境の適合生」を説きました。
 この環境の適合性に「水」がどのようにかかわりあいを持つのかについて述べてみま
す。水が持っている諸々の性質が,生物の生存をいかに都合よく運ばせているのでしょ
うか。
 1 水は化学的に極めて安定した物質であって,常温では解離しません(1000℃以上
になると解離する)ので,水に溶けている物質と反応しません。
 2 物質の溶解性が大きく,無機有機のいろいろな物質を溶かします。そのために生
理作用に必要な物質,不必要な物質は水に溶けて,身体のそれぞれの器官に運ばれます。
水に溶けた物質はイオンとなり,コロイドとなって,体の内外において,PH,浸透圧,
塩類として重要な役割を果たします。
 3 水は重要な熱学的特性を持っています。
 第1に,水の比熱は極めて大きいです。比熱が大きいということは,熱しにくく冷や
しにくいということです。生体のように60〜90%の水を含んでいますと,温度の激変が
避けられます。地球の2/3の面積を海洋が占めているということは,地球の熱容量の
大きさを意味し,大気中の多量の水蒸気とともに,気温の急激な変化を防いでくれます。
水分に乏しい砂漠では決して生物の生活が繁栄しない事実を考えますと,このことがよ
く理解されます。
 第2に,水の蒸発潜熱が大です。蒸発潜熱とは液体の水がその表面から気化するとき
に,その物体や近くの空気層から奪う熱のことで,その値は水温で異なりますが,0〜
30℃の範囲では,水1gが蒸発するときの潜熱は580〜590gカロリーです。生物体の表皮
や気道からは,常に水が蒸発していますので,これは体内の物質分解によって生産され
る熱の放散に役立ちます。いわゆる温血動物は体温が高いので,物質分解熱の放散には
伝導と幅射が関係しますが,冷血動物と全部の植物は,水分発散潜熱がほとんど唯一の
放熱方法です。また,地球表面の水や土壌表面からの蒸発は地球表面の過熱を防いでく
れています。
第3に,水は4℃において最大密度を持ち,これより温度が上がっても下がっても水は
軽くなるということで,これは生態学的にも非常に重要な意味を持ちます。気温が0℃
以下になりますと,水は凍りますが,湖底は4℃前後のままです。
 以上水の「環境の適合性」について述べてみましたが,次のような問題もあります。
 例えば,地球が太古の時代に経験した異変は,地質時代に栄えた植物を石油や石炭と
して,地球の誕生したときから豊富に存在した炭酸ガスを地下に固定してしまいました。
このために地球の大気の大部分は不活性の窒素ガスのみになって,化学的活性の大きい
元素は酸素だけになりました。しかもこの酸素の供給は主として生物生産に依存せざる
を得ません。そのほか深海には日光は届かない,大気は浮力に乏しいなどの理由から,
地球上の広いスペースが,生物圏外に放置されています。
                                                                              
〈生物の適応性〉
 植物の葉や茎や果皮の表皮は非常にち密な構造をしており,その表面にさらに蝋を分
泌して身体の中の水分の逃げるのを防いでいます。昆虫類の皮膚もほとんど同じ構造で
す。乾いたところに棲んでいたり,水分の少ない食物をとっている昆虫類は,新陳代謝
水の生産が多いです。新陳代謝水は,身体をつくる物質が体内で酸化分解するときにで
きる水です。
 蛋白質が分解するときに最初にできる物質はアンモニアです。アンモニアは細胞に対
して非常に有毒ですので,速やかに排泄したり,他の形で体外に出されます。アンモニ
ア尿は水中動物全部に限られます。アンモニアは炭酸と結合して炭酸アンモニウムとな
り,水を失いますと尿素になります。軟体動物で水性のタニシ,カワニナはアンモニア
尿を,陸上のカタツムリ,ナメクジは尿素を出します。カエルはオタマジャクシの時代
はアンモニア,親になりますと尿素を出します。鳥類,は虫類,昆虫類は尿酸態で排出
します。尿の排出に際しては,水分の再吸収もまた行われています。
                                                                              
〈環境条件の働き方〉
 一つのところに棲む個体の集まりを,生態学では個体群と呼んでいます。その同じと
ころに棲む各個体群の全体を群集と呼んでいます。特定の群集が形成される特徴や,各
個体間の勢力の差異が生ずる原因となる環境条件の働きと,これに対応する生物群の反
応のし方や,適応性の大小の双方が絡み合った複雑な様相を解析する一つの方法に,制
限因子の理論があります。
 例えば,植物プランクトンの増殖に対して,水温,PH,窒素,燐酸など多くの因子
が関係しますが,この中で燐酸の含量が不足すれば他の条件がいかに良好でも,増殖の
成果がよくなりません。この場合の燐酸濃度が植物プランクトン増殖の制限因子となり
ます。昨今大きく取り上げられております水の富栄養化に対する燐酸問題の例がありま
す。また,河口における個体群勢力の制限因子は水の塩分度,コイやフナなどの温水魚
と,サケやアユなどの冷水魚棲み分けも,水の高温が制限因子となります。
 しかし複雑な環境条件の中で,どれが制限因子の役割を果たすかは難しい問題で,冷
水魚と温水魚が互いの領域に侵入できないのは,先住者との競争に打ち勝てないからだ
とも解釈できます。
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