03a 陸水散歩〈湖水の性質と生物〉
 
〈水の中の酸素と炭酸ガス〉
 △水中の酸素はどこからくるか
 水中の酸素は空中にくらべて極端に少ないので,水中生物にとっては酸素は生活上こ
の上もない重要な物質です。
 水中酸素は,一つは水面に接する空気中から直接溶け込んだもの,他は植物の光合成
の結果生産されたものです。
 液体のガス飽和度は,水温が上昇しますとかえって減少しますので,冬の方が夏より
酸素の含有量が多いです。また水の酸素吸収量は水中の溶解塩類の量が増すと減少しま
すので,海水の酸素量は川や湖の量より少ないです。
 光合成作用は水草や植物プランクトンが行いますが,表水層で盛んで,浮遊物質の多
い濁った湖水では活発ではありません。また酸素生産は晴天の午後がピークで,最低は
夜明けです。
 △水中での酸素のひろがり
風が吹いて波が立ちますと表層の水は水平に動き,季節や昼夜によって水温が変化して
水に密度差ができますと上下の対流が起こります。これが酸素や栄養塩その他の物質を
移動させる主力になります。
 夏にできる湖底の無酸素層も,春秋には上下循環によって解消されます。
 △湖水の水素イオン
 PHが7より大きいときはアルカリ性,7より小さいときは酸性を示します。
 天然の湖沼のPHは普通6〜8,火山地方の湖は硫酸酸性でPH1〜2が多く,北方又
は高位湿原の池や沼も腐植酸のため酸性を示すものが多いです。反対に石灰岩地方の湖
水は重炭酸塩の含有が多く,水は中性又は微アルカリ性(PH7.5〜8.0)を示します。
 △生活活動によって水素イオン濃度が変わる
 光合成によって植物が水中の炭酸を消費しますと,重炭酸塩は平衡を保つために一部
が分解して炭酸を補充します。水草の多い池や沼,植物プランクトンが豊富な湖水の表
層水は,水酸イオンが増えてアルカリ性になります。
 水中生物の呼吸作用と,微生物が営む有機物の分解作用はともに酸素を吸収して炭酸
を遊離し,この炭酸は水に溶けて酸性化に働き,また炭酸は炭酸塩と反応して重炭酸塩
を作ります。
 △水中の炭酸の三型
 炭酸は,水中では次の三型のいずれかの形で存在します。
 @遊離炭酸は水中では弱酸として働きます。
 A炭酸イオンは水中で加水分解して水をアルカリ性にします。
 B重炭酸イオンは水をアルカリ性にします。
 △硬水と軟水
 水の硬度は,水中のカルシウムとマグネシウムイオンの量を,これに対応する炭酸石
灰又は石灰のppmで表した数字で,値が大きいほど硬度は大きいです。
 飲料水としては軟水は味の点から必ずしも良質とはいえません。一方,硬水は料理,
洗濯,工業用水としては歓迎されません。
                                                                              
〈水の中に溶けている物質〉
 △溶解塩類
 自然水はいろいろな物質を含んでいます。含有物には水に溶けて形をとどめない成分
(溶解固形物)と,水に溶けないで個体の状態で存在するものとがあります。後者には,
魚とか木の葉,塵などの大型のものと,水中に浮遊けん濁している浮遊固形物SSと,さ
らに微細なコロイド状のものとがあります。
 広い意味の溶解物質の中には酸素,窒素,炭酸ガスのようなガス体もありますが,沸
点の低い揮発性物質,分子又は解離したイオンの形で存在する不揮発性物質が主です。
 △溶解塩類と生物
 溶解成分の種類と量は,水中動植物の種類,分布,生産に密接に関係します。
 @溶解固形分の総量,特に電解質の含量によって棲んでいる水の浸透圧が変化します。
外界の浸透圧の変化に敏感な種類は限られた範囲の水域にしか生息できませんし,反対
に体液の浸透圧の調節が円滑に行われる種類は,例えば海と川を自由に交通することも,
また気水域に平気で棲むこともできます。
 A溶解成分は水中生物の栄養分として生産に密接に関係します。水中にアンモニア,
窒素,燐酸が多ければ植物プランクトンや水草,有機物が微生物の働きで無機化します
と動物プランクトンや魚貝類,カルシウムがあれば貝殻を持つ動物がそれぞれ増殖し繁
茂します。
 B毒物又は有毒物質も関係します。工場排水や都市下水,鉱山などからの流水です。
 △カルシウムイオン
 アメリカでの調査では,植物と動物(魚を除く)のバイオマスの量は,中カルシウム
湖は貧カルシウム湖の3〜5倍に達するといわれています。一般には富カルシウム湖は
生物生産の総量が多く,中カルシウム湖は生物の種類に富み,貧カルシウム湖はその環
境に適応した特別の種類の生物だけが繁栄します。
 △鉄,硫黄,珪酸
 ・鉄:鉄は銅などと同様生物の呼吸酵素の助酵素として主要な無機成分で,これを欠
きますと生物の細胞呼吸はできなくなります。大抵の藻類は酸化第二鉄が0.2〜2ppm程
度存在するときに最もよく増殖するといわれています。
 秋冬春に湖水の底泥の表面に,赤褐色の薄い酸化鉄の層ができることが多いです。こ
の褐色の底土表面には鉄バクテリアがよく繁殖しています。
 ・硫黄:硫黄は蛋白合成に必要な物質ですが,生体には硫酸塩の形で供給されます。
汚水の有機物が分解して酸素が消費しますと,硫酸塩は硫酸還元菌によって還元されて
硫化水素を発生します。この量は有機汚染と無機状態の指標になります。
 ・珪酸:地殻を造っている岩石や土壌の60%以上はシリカ(無水珪酸)からできてい
ます。珪酸は珪藻の被殻の主成分であり,ホシガタケイソウ,イトケイソウ,ヌサガタ
ケイソウなどの個体群としての発達には必要です。
 △窒素と燐酸
 湖沼学や海洋学では,窒素と燐酸は植物栄養をとおして水の中の生物生産を最も左右
しますので,二つを総称して栄養塩と呼ぶことが多いです。
 ・窒素:窒素は植物や動物の身体を造る蛋白質の成分です。
 水中の蛋白質などの有機態窒素は,アンモニア〜亜硝酸〜硝酸の順序で分解されて無
機態窒素に変わります。これらの分解は,水中細菌によって行われます。硝酸態の窒素
は植物に最も吸収されやすいので,水中におけるその濃度はその水域の生物生産力を代
表しますが,湖水における濃度はアンモニアよりかなり低く,0.3ppm以下が普通です。
硝酸になった窒素は,さらに微生物によって窒素ガスに還元(脱窒現象)されたり,川
によって湖外に流失します。
 ・燐酸:燐酸は生物蛋白質の構成成分ですので,動物にとっては燐酸石灰の形で,骨
の主成分をなし,レシチンという有機化合物として筋肉,脳,神経などに含まれます。
しかし自然界に存在する量は微量ですので,湖外からの供給がなければ,直ちに植物生
産に響きます。
 湖水の燐酸濃度は,水の運動,成層関係,受水域からの流入,湖底の燐の保有量など
のほかに,工場排水,家庭下水,畜産排水,合成洗剤などの影響を受けます。
 △有機物
 水中の有機物の成分は,含水炭素,脂肪,蛋白に区別されますが,多くの湖水では含
水炭素が70〜90%,蛋白が10〜20%です。固形の有機物は微生物その他の生物の活動に
よって溶解性の成分になります。この溶解性の有機物は浮遊性成分とともに,それらの
濃度は川や湖のいわゆる有機性汚濁の程度を表すことになります。
                       参考 「川と湖の生態」共立出版

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