03 陸水散歩〈湖水の性質と生物〉
 
           陸水散歩〈湖水の性質と生物〉
 
〈水の色と透明度〉
 △水の色
 湖水の色は水中を透過する光と,水中に溶けている物質と浮遊している物質によって
決まります。湖の水面にあたった太陽光線は,一部分は水面で反射しますが,一部分は
水中に透入します。水中に入った光は深さとともに吸収されたり散乱したりします。例
えば純水(蒸留水)では赤や橙のような波長の長い光は,黄や藍のような短波の光より
よく吸収されます。山の中の湖水は浮遊物質が少なく,青の光が水の分子によって散乱
しますので,青く見えます。澄んだ空が青く見えるのも同じ理屈です。
 湖水には,完全に水に溶けた状態の溶解物質,濁っている粘土の微粒子のようなコロ
イド,これより大きく水中に浮遊している浮遊物質(プランクトンなど)の三者が存在
します。湖水の色には,溶解物質とコロイドに原因する「真の色」と,浮遊物質に由来
する「見かけの色」があります。
 平地の湖水,特に沼では,夏の日中水の表面に比重の軽い藻類のプランクトンが膜の
ように集まって濃い色の「水の華」を作る例が多いです。この種類ではラン藻類が多く,
諏訪湖では毎夏アオコ(学名ミクロキスティス)の水の華で湖水は黄緑色に染まり,湖
に源を持つ天竜川にも数十qにわたって緑の水が流れます。この湖では春と秋はケイ藻
類の発生で水は淡褐色に染まります。北方の泥炭地や高層湿原の浅い沼の水はコーヒー
色に染まる例が多く,これは湖底や湖辺の泥炭や腐植質から溶け出る成分やコロイドの
影響です。
 有機質の多い湖では底泥が還元性ですので,湖底が浅いと風や波で腐泥が舞い上がり,
表層水の酸素が消費されて大量の魚が死ぬことがあります。
 △透明度の測り方
 透明度はセッキ板透明度による方法で測ります。直径25〜30pの白く塗った円盤を重
りの力で水中に沈めていき,見えなくなった深さと,逆に引き上げてきてはじめて見え
たときの深さを平均します。
 △浮遊物質の量と透明度
 北海道の摩周湖の透明度は最高の記録を持ち41.6mです。澄んでいる湖では僅かでも
浮遊物質が増えますと透明度は急激に減少しますが,はじめから不透明な湖では,少し
ぐらい浮遊物質が増えてもそう大きく透明度には響きません。摩周湖は大正末期からは
じまったニジマスの養魚などで透明度は1952年に25〜30mにさがりました。諏訪湖は近
年アオコの水の華と底泥の浮上でひどく汚れたといわれていますが,もともと富栄養の
この湖の透明度は1.0〜1.5mの範囲にあって昔に比べてそれほど変わってはいません。
 △山上湖と平地湖
 山上湖は入り込む川は少なく,その川も大抵綺麗な渓流で泥や有機物を持ち込むこと
も少ないため,青く澄んでいます。一般に湖岸は岩で深く水中に没するなど遠浅の湖棚
形式が貧弱です。また水中に栄養分が少ないので,プランクトンや水草,それらの遺骸
も多くありません。平地湖では,これらの状況が反対の場合が多いです。
 なお,深い湖は波などによる水の動きが湖底に達しないため,一般に浅い湖より透明
度は大きいです。
 △透明度とプランクトンの密度
 表面に近い層では,太陽光線により植物プランクトンの炭酸同化作用が盛んですので,
生体物質の生産が分解よりも活発で,この層を栄養生成層といいます。下層の水は光が
届きませんので生産より分解が盛んで,この層を栄養分解層といいます。この二つの層
の境,すなわち光合成による酸素の生産と,全ての生物による呼吸のための酸素の消費
量が等しいところの水深を補償深度といいます。この層はおよそ透明度のほぼ2倍に近
いところ,あるいは水温躍層(後述)の下限に近いところにあります。したがって補償
深度は,植物プランクトンの垂直分布の下限はこの深さまでであること,また動物プラ
ンクトンも直接間接に植物プランクトンに関係が深いですので,これより表層に多く分
布するということを示します。
 △透明度と魚の生産量
 アメリカでの釣果では,澄んでいる池の生産量は,濁っている池の生産量よりも多い
調査例があります。透明度と,プランクトンないし魚の生産量の関係はこのように逆の
場合が多いです。
                                                                              
〈水温〉
 △四季と水温の垂直分布
 冬の湖の水温は,底の近くでは必ず4℃前後です。これは水の最大密度は4℃におい
てであり,これより温度が高くも低くも比重は小さくなることに由来する現象です。こ
の時期を湖水の冬季停滞期といいます。湖水は停滞し,プランクトンの発生もあまりあ
りませんので,透明度は飛躍的に大きくなります。
 春になりますと,暖かい水は下層に,冷たい水は表層へと対流が起こり,春風も影響
して全層の水温はほぼ同じになります。この時期が春季循環期です。
 夏は表水層において,表面水温がますます高くなりますが,表水層を越しますと水温
は急にしかも大幅に下がります。この層を変水層又は水温躍層と呼びます。これより深
い深水層では,低い水温が保たれたままです。このように水温が底にゆくに従って低く
なる現象を水温の正列成層といい,夏のこの状態を夏季停滞期と呼びます。夏は日射が
強く,日照時間も長く,風もなく静穏なので表面水は強く熱せられて膨張し密度が小さ
くなります。夏の成層は強固で,変水層は水の運動,熱の伝播,栄養塩の移動,酸素の
混合を妨げる障壁になります。表水層では植物の群集活動は非常に盛んですが,深水層
では光合成や表層からの酸素補充もなく,無酸素層が出現して,底泥には嫌気性微生物
と,酸素の欠乏に耐えるユスリカの幼虫やイトミミズなどが繁栄します。
 秋は,春と同様に表底水温に大差はなくなり,これを秋季循環期といいます。夏の深
層水の温度が4℃より高い湖では,秋の循環は,表層と躍層の水温がその温度まで下が
ったときに始まり,下層に下がった水が4℃になるまで続きます。
                                                                              
〈浮遊固形物〉
 △固形浮遊物
 湖や池には多少にかかわらず微細な固形物が浮遊しています。プランクトンなどのよ
うに,水の中に泥の微小な粒子が一様に散らばって浮いています。膠質化学ではこの状
態を「けん濁」といいますが,このような状態の物体を浮遊固形物(英略SS)と呼んで
います。海洋学では海に浮遊している砂や泥の粒子を漂砂といいます。
 SSはいずれ水底へ沈降します。沈降速度は,浮遊粒子の大きさ,形,比重のほか,水
の側ではその粘度などよって大きく変わります。
 △沈降しない浮遊固形物
 プランクトンは生きているときは沈降しませんが,非常に小さかったり,浮きやすい
構造になっているものは,細菌によって分解されるまでは沈降しません。水面で水の華
をつくるようなものの中にも,なかなか沈降しないものもあります。
 △沈降速度
                                                                              
   粒子(球状)の大きさと沈降速度
                                                                              
 粒子      直径mm         1フィート沈降所要時間                            
  礫        10.0           0.3 秒                                    
  租砂       1.0           3.0 〃                                             
 細砂       0.1          38.0 〃                                             
  沈泥       0.01         33.0 分                 
 細菌       0.001        55.0 時間               
  粘土       0.0001      230.0 日                 
 コロイド  0.00001      63   年                 
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