14 そのまた小さなコドモ達〈菌類の働き〉
そのまた小さなコドモ達〈菌類の働き〉
〈有機物の分解〉
生物の分類体系においては,菌類は光合成植物と動物の間に別の進化を遂げた多細胞
生物群として位置付けられています。進化の別の方向とは,植物的な体の構造を持ち,
有機物を分解してエネルギーを得る方向です。有機物を分解して生活エネルギーを得る
栄養法は,従属栄養法とか他養性とか呼ばれます。従属栄養法は一般の動物にもみられ
ます。動物の従属栄養法は,サナダムシのような例外を除けば,食物としての有機物を
消化器内に送り込んで分解利用します。これに対して,菌類は,有機物をそのまま細胞
壁から吸収し,あるいはそのままでは吸収できない分子量の大きい有機物には,酵素類
を菌体外に出して作用させ,分解したり変性した上で吸収します。
多くの菌類は,ブドウ菌や蔗糖のような単糖・2糖類,クエン酸やアミノ酸類などの
有機酸類はそのまま吸収できます。一方,セルロース,リグニン,タンパク質などの分
子量の大きい有機物はそのままでは吸収できません。そこで,菌類は,分解酵素類を体
外に分泌して,これらの有機物に作用させます。セルロースはセルラーゼと呼ばれる一
連の酵素によって変性・分解され,セロビオースなどの分子量のかなり小さくなった物
質の段階を経てブドウ糖にまで分解されます。そしてブドウ糖は吸収利用され,炭酸ガ
スと水に還元されます。タンパク質は,プロテアーゼという酵素によってペプチドある
いは各種アミノ酸に分解され,吸収利用され,そして炭酸ガスと水とアンモニアに還元
されます。このような重要な役割を果たす分解酵素類は,菌類の種類によって性質がさ
まざまに異なっています。
菌類は,全体からみると,植物体の分解を行う種類が圧倒的に多いですので,植物体
成分の分解利用法は,菌類の生態を知る上で大変重要な性質です。また,菌類は,普通
には死んだ生物の体を分解利用します。このことを腐生フセイとか,死物寄生シブツキセイとか
呼びます。しかし,生きている生物に寄生して寄主生物に害を及ぼす種類も少なくあり
ません。多くは植物に寄生して病気を起こす菌です。それに比べますと,動物に寄生す
る菌はそれほど多くはありません。例を挙げますと,人間につくミズムシなどの皮膚病
菌のほか,ヒストプラズマ(わが国には分布していません)のような内臓を侵す病気も
あります。
菌類が引き起こす人間の病気は,医真菌学イシンキンガクと呼ばれる医学の一分野で研究が
行われています。一方,植物の病原菌類は,農学の植物病学の分野で研究されています。
菌類による植物病には,イネイモチ病,イネゴマハガレ病,さまざまな植物につくサビ
病,ウドンコ病などがあります。
〈菌類の生殖法と生活史〉
菌類の有性生殖法は,大きく分けますと次の三つがあります。
@鞭毛を持った遊走ユウソウ細胞ができます(動配偶子接合)。
A配偶子のうと呼ばれる器官を持ち,雌雄の配偶子のう子が接着あるいは接合して有
性胞子をつくります(配偶子のう接合)。
B栄養菌糸が吻合フンゴウし,又は栄養菌糸と分生子や不動精子が接合して,遺伝子型
の異なった核が対になり,核融合,減数分裂へと進みます(体細胞接合)。
菌類のこのような有性生殖法は,休眠胞子のう,子のう胞子,担子胞子などの形成と
共に菌類にとって重要な性質です。
ところで,多くの菌類は有性生殖を行うと共に無性生殖をも行います。無性生殖法に
は,大別しますと次の2型があります。
@胞子のうをつくり,その中に遊走子や不動胞子をつくります。
A分生子,厚膜胞子,あるいはそれらに相当する菌糸断片などをつくります。
菌類の生活史とは,これらの生殖法や,環境条件に適応した生活法などを,菌類の1
個体が生まれて死ぬまでの過程の中で,総合的に捉えた実態のことです。生活史の中の
生殖法を中心にみて,世代の交代や生殖細胞がつくられる過程の特徴などを一つのサイ
クルにまとめて捉える場合は,特にこれを生活環と呼びます。
菌類の生活史と生活環について,注意しなければならないことは,無性世代―有性世
代と,完全時代―不完全時代という言葉の取り扱い方です。無性世代―有性世代とは,
藻類やコケやシダなどにみられるような,生活環の中で世代の交代が行われる場合に用
いられる用語であって,完全時代―不完全時代とは意味が違います。不完全時代とは,
世代に関係なく行われる無性的な生殖を行う状態のことであって,栄養体の一部に相当
する胞子のうや,分生子や厚膜胞子などがつくられ,あるいは栄養体でしかみられない
場合のことをいいます。このような無性生殖法は,顕花植物でいいますとジャガイモの
イモやヤマノイモのムカゴのような栄養生殖法を意味しています。つまり,有性世代は
完全時代の中に含まれます。一方,不完全時代は有性世代にも無性世代にもみられるも
のであってよいのよいのです。子のう菌や担子菌には,現実には,シダにみられるよう
な世代の交代はなく,子のうや担子器が認められると完全時代がみつかったということ
になります。
菌類の生活史は,肉眼で観察できるような生物とは違って大変捉えにくいです。生活
環の分かっていない菌類も多いです。さらに,自然界でのそれぞれの生活環境に適応し
た個々の菌類の生活史を明らかにするのは,容易なことではありません。環境と生物個
体との関係を研究する分野は個生態学と呼ばれますが,菌類の個生態学にはまだ多くの
未開拓分野が残されたままです。
生活環について,既に明きらかにされているいくつかの例でみますと,鞭毛菌類ツボ
カビ目のシンキトリウム属には,さまざまの生活環を持つ種があることが知られていま
す。また,子のう菌類のアカパンカビでは,分生子に似た器官と小分生子に似た器官と
が,有性生殖に関与していることが知られています。さらにまた,担子菌類半担子菌綱
サビ菌目には,5種の胞子世代,すなわち胞子,銹胞子,夏胞子,冬胞子,小生子(担
子胞子)を持つ種があることが知られています。それらの胞子世代のうち,夏胞子世代
や冬胞子世代がある種の維管束植物に寄生し,銹胞子世代が別種の維管束植物に寄生す
る異種寄生の例が知られています。
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