09 はて,面妖なやつ〈人の心に潜む冬虫夏草〉
 
              はて,面妖なやつ〈人の心に潜む冬虫夏草トウチュウカソウ〉
                                       
〈目くらまし〉
 昔,農山村では秋を迎えると穀物の収穫と同時に冬支度に忙しかったものでした。伐
採をして,薪や焚き付け作りの燃料確保に始まり,根・野菜類を土に埋めたり,干した
り漬物にして貯蔵します。
 木の実や山菜,キノコも貴重な菜類であり,子魚や虫の類(イナゴ,カイコの蛹ウジ,
川虫,蜂の仔)も大切な蛋白源として採集されました。
 数十年前のこと,著者(白土三平氏)は見事なキノコを見つけて,どんな種類のキノ
コか,食べられるのか分かりませんでしたが,その姿(春シメジのようでした)に惚れ
ぼれして,何故か古い金魚鉢に土や落葉を入れ,そのキノコを植え,水などもかけてや
りました。子供心に大きく生長しますようにと,夢も膨らんできました。
 キノコは菌類の花にすぎませんので,本体は見えないところにあります。したがって
少年の期待した結果は得られませんでした。
 
〈モドキ〉
 もし,キノコが何らかの意図を以って,忍シノビの者ごときの術を用いているとなりま
すと,厄介なことになります。
 著者の好きなきのこにクリタケというきのこがあります。木の根元に株立って群生し
ますので,信州(長野県)ではカブツと呼んでいます。味も歯触ハザワりもいいし,量も
採れて随分長い間ご厄介になってきましたキノコです。
 このキノコに似ているニガクリタケという毒菌は,傘の色がクリタケのような褐色で
はなく,鮮黄色でかじると苦いので区別できることになっています。ところが,クリタ
ケよりも更に味が良くて,クリタケモドキというきのこがありまして,これが色も姿も
両方に似ているのです。
 
〈共生〉
 マツタケやシメジのようなきのこは,松や雑木の根に菌根をこしらえ,互いに養分や
水分を補給しあって共生しているといいます。体内に消化酵素を持たないシロアリの一
種は,きのこを栽培してその力で植物のセルローズを分解して消化力を得ていますし,
葉を持たない土アケビという蘭は,種々の樹木に寄生して枯らしてしまうナラタケ類を
己オノレに寄生させて,そこから逆に養分を得ているといいます。表だって目に写らない
ところにも,自然のさまざまの生きる仕組みがあることに驚きます。
 
〈菌のエネルギー〉
 かつて著者が小さな人形劇団にいた頃,テレビ局の待合室の白黒モニターで「菌クサビ
ラ」という能狂言を観た記憶があります。セリフまでは覚えていませんが,あらすじは,
太刀を差し,小者を連れた男の庭に毒きのこが生えて,採って捨てても,一夜にしてま
たもとのように生えてくるので気味悪がり,山伏に頼んで毒きのこ退散の祈祷をしても
らうことになります。山伏の祈祷が効いてきのこは消えてしまうのですが,山伏が自分
の呪文の威力を得意になって自慢していますと,再びきのこがニョキニョキと生え出し
て大きくなりますので,驚いた山伏が必死になって「ボロンボロン」と呪文を唱えます。
ところがきのこはどんどん殖えて,果ては山伏や依頼の男共を取り囲み,追い回します
ので,とうとう山伏たちは悲鳴を挙げながら逃げて行くという愉快な筋立てでありまし
た。その時の菅笠を被ったきのこ役者等の動きは,実に見事なものでありました。体を
震わせながらきのこが生えてくる様,次に不気味さを漂わせながらスピーディーに急転
回して,きのこが大きくなり,さらに数が殖えていく演技は,躍動感に溢れ,著者には
そこから民衆のエネルギーのようなものを感じさせられたものでした。
 中米のインディオの巫子は,幻覚性のきのこかある種の多肉植物を用いて神の国へ入
り,予言を行うといわれています。北欧のヴァイキングやシベリア東部のコリヤーク族
は,ベニテングタケを戦闘や祭祀に使用したといわれています。アフリカの遊牧民が,
家畜の糞や堆肥に生えるシビレタケに目をつけたのも不思議ではないでしょう。
 幻覚毒と自己暗示による興奮状態は敵の弾丸をも恐れさせなかったでしょう。かつて
英雄的に闘って歴史の舞台から姿を消した狩猟民の後裔がきのこの幻覚に導かれ,敵(
白人世界)の終末と,かつて自らの世界を支えてくれた狩猟獣(野牛バイソン)の復活を
念じながら砂漠を行進する光景は,人類の未来の一つの姿である可能性もあります。
 
〈冬虫夏草〉
 昔,キツネの屁玉ヘダマというきのこがあるという話を聞いたことがあります。このき
のこが発生しますと,燐光を発して空間をしばし浮遊して消えるといいます。そんな菌
が実在するのかどうか分かりませんし,見たことも勿論ありません。
 菌類は動物や植物の屍を分解し,無機質へ返し,自然の再生を図るものであるといわ
れています。なかには冬虫夏草の類のように,より積極的に分解作業を早めるためなの
か,生体に寄生して生命を奪うものもあります。もし爬虫類に寄生する菌があったとし
たら,恐竜から発生した冬虫夏草は実に見事なものだったでしょう。
 冬虫夏草の多く見られる年は,必ずその寄生する虫の異常発生が前提になるといわれ
ています。
 
                     参考 「キノコの不思議」光文社発行

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